現代(1900年〜現在)
二つの世界大戦、冷戦と脱植民地化、人口と経済の急速な拡大、そして現在まで。
この区間について
1900年から現在までを扱います。収録は200件で、そのほとんどが年の確定した項目です。地域の内訳は日本50件、ヨーロッパ38件、南北アメリカ19件、アフリカ19件、東アジア18件、世界規模17件、オセアニア16件、西アジア・中東12件、南アジア・東南アジア11件です。年表では現在に近いほど記録が多く残るため、収録の粗密は史料の残り方の差を反映しています。
二つの世界大戦
1914年から1918年の第一次世界大戦、1919年のヴェルサイユ条約、1920年の国際連盟、1929年の世界恐慌の始まり、1933年のヒトラー内閣の成立、1937年からの日中戦争、1939年から1945年の第二次世界大戦、1941年からのホロコーストと太平洋戦争、1945年の広島・長崎への原子爆弾投下と国際連合の発足が並びます。1918年のインフルエンザの世界的流行も、この時期の項目です。
冷戦
1947年のトルーマン・ドクトリンとマーシャル・プラン、1948年のベルリン封鎖、1949年のNATOの成立、1955年のワルシャワ条約機構、1950年からの朝鮮戦争、1961年のベルリンの壁の建設、1962年のキューバ危機、1960年から1975年のベトナム戦争を収録しています。終わりの側には1985年からのペレストロイカ、1989年のベルリンの壁の開放、1990年の東西ドイツの統一、1991年のソビエト連邦の解体が並びます。
脱植民地化と地域の再編
1945年のインドネシア独立宣言、1947年のインドとパキスタンの分離独立、1955年のバンドン会議、1957年のガーナの独立、1960年のアフリカの年、1963年のアフリカ統一機構の結成が続きます。南アフリカでは1948年から1991年のアパルトヘイト政策の法制化と、1994年の全人種参加選挙を収録しています。西アジア・中東では1948年のイスラエルの建国と第1次中東戦争以降の各戦争、1973年の第1次石油危機、1979年のイラン革命、2010年からのアラブの春が項目です。
東アジア
1904年からの日露戦争、1911年の辛亥革命と中華民国の成立、1910年の韓国併合、1931年の満洲事変、1949年の中華人民共和国の成立、1966年からの文化大革命、1978年からの中国の改革開放、1989年の天安門事件、1997年の香港の返還を収録しています。
日本
日本は50件で、1925年の普通選挙法と治安維持法、1945年からの連合国軍の占領と戦後改革、同年の女性参政権の実現、1947年の日本国憲法の施行、1951年のサンフランシスコ講和条約と日米安全保障条約、1955年からの高度経済成長、1964年の東京オリンピック、1972年の沖縄の本土復帰、1995年の阪神・淡路大震災、2008年の人口減少の始まり、2011年の東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故を収録しています。
人口と、近年の出来事
世界人口の推計は、1900年が15億5000万〜17億6200万人、1950年が約25億人、2000年が約61億人、2024年が約82億人です。1950年以降は国連の推計を用いています。近年の項目としては、1991年のWorld Wide Webの一般公開、1995年の世界貿易機関の発足、2003年のヒトゲノムの解読完了、2008年の世界金融危機、2015年のパリ協定の採択、2020年から2023年のCOVID-19の世界的流行、2022年のロシアによるウクライナ侵攻を収録しています。現在に近い出来事は評価が定まっていないため、年表では起きた事実の記述にとどめています。
地域別の内訳
この時代の出来事(全200件)
年表に収録したこの区間の項目をすべて、年代の順に並べています。「およそ」「諸説あり」は年代の確かさを示します。出来事名を押すと、年表のその位置が開きます。
1900年東アジア戦争・紛争義和団事件
8か国の連合軍が北京に進駐し、翌年に賠償と駐兵が定められた。
- 背景
- 外国勢力の進出に対する民衆の反発が高まっていた。
- 帰結
- 北京議定書で巨額の賠償と外国軍の駐屯が定められ、清の権威が失墜した。
- 場所
- 北京
1901年オセアニア政治・国家オーストラリア連邦の成立
6つの植民地が連邦を組織した。
- 背景
- 6つの植民地が防衛と関税で協調する必要があった。
- 帰結
- イギリスの自治領として発足し、先住民の権利は長く制限された。
- 場所
- オーストラリア
1901年日本経済・交易八幡製鉄所の操業開始
官営の製鉄所が操業を始めた。重工業の基礎となった。
1903年南北アメリカ政治・国家パナマの独立
合衆国の支援を受けてコロンビアから分離して独立し、直後に合衆国と運河地帯の条約を結んだ。
- 場所
- パナマ市(パナマ)
1903年南北アメリカ科学・技術ライト兄弟の動力飛行
動力付き航空機による有人飛行に成功した。
- 背景
- グライダーによる操縦技術の研究が積み重ねられていた。
- 帰結
- 10年余りで軍用機が実用化され、輸送と戦争の形が変わった。
- 場所
- キティホーク(ノースカロライナ州)
1904年〜1905年東アジア戦争・紛争日露戦争
ポーツマス条約で講和した。
- 背景
- 満洲と朝鮮半島の権益をめぐり対立が深まった。
- 帰結
- 日本が権益を得た一方、ロシア国内では第一革命の契機となった。
- 場所
- 満洲(中国東北部)
1904年〜1908年アフリカ人類・社会ドイツ領南西アフリカにおけるヘレロとナマの殺害
ドイツ軍が蜂起を鎮圧する過程で住民を砂漠へ追い込み、収容所に収容した。ヘレロは人口の大半を失ったとされ、犠牲者数の推計には幅がある。
- 背景
- 入植の拡大と土地・家畜の収用に対して、ヘレロとナマが蜂起していた。
- 帰結
- 2021年にドイツ政府はこの出来事をジェノサイドと認め、ナミビアとの間で資金拠出を含む合意が結ばれた。
- 場所
- ナミビア
- 出典
- ドイツ外務省「Foreign Minister Maas on the conclusion of negotiations with Namibia」(2021年5月28日。ジェノサイドと認める旨の声明)
1905年東アジア政治・国家科挙の廃止
1300年続いた官吏登用試験が終わった。
- 場所
- 北京
1905年南アジア・東南アジア政治・国家ベンガル分割令
イギリス領インド政庁がベンガル州を宗教別に近い形で二分し、各地で反対運動が広がった。1911年に撤回された。
- 場所
- ベンガル
1905年ヨーロッパ政治・国家ロシア第一革命
血の日曜日事件を機に、国会の開設が約束された。
- 背景
- 日露戦争の敗北と生活の困窮が重なった。
- 帰結
- 国会の開設が約束されたが権限は限られ、1917年の革命につながった。
- 場所
- サンクトペテルブルク
1905年ヨーロッパ科学・技術特殊相対性理論の発表
時間と空間の測定が観測者の運動状態に依存することを示した。
- 背景
- 光の速度が観測者によらず一定という実験結果があった。
- 帰結
- 時間と空間の概念が改められ、のちに一般相対性理論へ拡張された。
- 場所
- ベルン
- 出典
- Einstein, A. "Zur Elektrodynamik bewegter Körper." Annalen der Physik 322 (1905)
1905年〜1907年アフリカ戦争・紛争マジ・マジの蜂起
ドイツ領東アフリカで、綿花の強制栽培などに対する広域の蜂起が起きた。ドイツ軍は村落と作物を焼く戦術で鎮圧し、これにともなう飢饉を含め7万5千〜30万人が死亡したと推計される(推計には大きな幅がある)。
- 場所
- タンザニア南部
1906年オセアニア経済・交易ナウルのリン鉱石採掘の開始
ヨーロッパ資本の会社が採掘を始め、のちイギリス・オーストラリア・ニュージーランドの共同機関が引き継いだ。20世紀を通じて採掘が続き、島の内陸の大半が掘削された。
- 場所
- ナウル
1907年ヨーロッパ政治・国家三国協商
イギリス・フランス・ロシアの提携が成立した。
- 背景
- ドイツの海軍増強と進出に各国が警戒した。
- 帰結
- 三国同盟と対峙する構図が固まり、局地紛争が拡大しやすくなった。
- 場所
- サンクトペテルブルク
1907年オセアニア政治・国家ニュージーランドの自治領化
イギリスの自治領となり、内政の自立が進んだ。
- 場所
- ニュージーランド
1908年西アジア・中東政治・国家青年トルコ革命
オスマン帝国で憲法が復活した。
- 背景
- 領土の縮小と専制への不満が軍人・知識人に広がっていた。
- 帰結
- 憲法が復活したが、その後の戦争で領土の喪失が続いた。
- 場所
- イスタンブル
1910年東アジア政治・国家韓国併合
韓国併合条約により、大韓帝国が日本の統治下に置かれた。条約の効力については日本と韓国の政府見解が分かれている。
- 背景
- 日露戦争後、保護条約により外交権が奪われていた。
- 帰結
- 1945年まで統治が続いた。
- 場所
- ソウル
1910年〜1917年南北アメリカ戦争・紛争メキシコ革命
長期政権が倒れ、1917年に憲法が制定された。
- 背景
- 長期政権下で土地が少数に集中していた。
- 帰結
- 1917年憲法で土地改革と地下資源の国有化の原則が定められた。
- 場所
- メキシコ
1910年日本人類・社会大逆事件
天皇暗殺を計画したとして多数が検挙され、12人が処刑された。証拠をめぐる批判が後年まで続いた。
- 場所
- 東京
1911年〜1912年東アジア政治・国家辛亥革命と中華民国の成立
清が滅び、東アジアで最初の共和国が成立した。
- 背景
- 科挙の廃止と留学生の増加を背景に、立憲・共和の主張が広がっていた。
- 帰結
- 2000年余り続いた皇帝による統治が終わったが、各地で軍事勢力が割拠する状態が続いた。
- 場所
- 武漢(武昌)
1912年〜1913年ヨーロッパ戦争・紛争バルカン戦争
バルカン同盟諸国がオスマン帝国を破り、そのヨーロッパ領の大半を得た。
- 背景
- オスマン帝国の弱体化で、諸民族の国家形成が進んだ。
- 帰結
- 領土の配分をめぐる対立が残り、大戦前のバルカン情勢の緊張が続いた。
- 場所
- バルカン半島
1912年アフリカ政治・国家南アフリカ先住民民族会議の結成
のちのアフリカ民族会議(ANC)。連邦成立後の参政権の制限に反対して結成され、翌年の原住民土地法にも反対運動を組織した。
- 背景
- 1910年の南アフリカ連邦成立で、非白人の政治参加が制限された。
- 帰結
- 80年余りの運動を経て、1994年の全人種参加選挙で政権を担った。
- 場所
- ブルームフォンテーン(南アフリカ)
1912年〜1913年日本政治・国家第一次護憲運動
藩閥内閣に反対する運動が広がり、内閣が総辞職した。
- 場所
- 東京
1914年〜1918年世界規模戦争・紛争第一次世界大戦
総力戦の形態がとられ、多数の国が参戦した。
- 背景
- 同盟関係が連鎖し、局地的な衝突が短期間で大国間の戦争に拡大した。
- 帰結
- 四つの帝国が解体し、民族自決が掲げられる一方、賠償と国境の問題が残された。
- 場所
- ヨーロッパ
1914年ヨーロッパ戦争・紛争サライェヴォ事件
オーストリアの帝位継承者夫妻が殺害された。
- 背景
- オーストリアが併合したボスニアで民族対立が続いていた。
- 帰結
- 同盟関係の連鎖により、1か月余りで大国間の戦争に拡大した。
- 場所
- サラエヴォ
1914年南北アメリカ経済・交易パナマ運河の開通
合衆国が工事を引き継いで運河を完成させ、南米南端を回る必要がなくなった。
- 背景
- フランスの工事が疫病と資金難で中断していた。
- 帰結
- マラリア対策の進展で完成し、大西洋と太平洋の航路が大幅に短縮された。
- 場所
- パナマ運河
1914年〜1918年日本経済・交易第一次世界大戦下の好況
ヨーロッパからの輸入が減り、輸出が伸びた。造船と海運が急速に成長した。
- 場所
- 日本全国
1915年〜1916年西アジア・中東人類・社会オスマン帝国におけるアルメニア人の強制移送と殺害
第一次世界大戦下で強制移送が行われ、多数が死亡した。犠牲者数は60万〜150万人と推計に幅がある。
- 背景
- ロシアとの戦争のなか、アルメニア人が敵に通じるとみなされた。
- 帰結
- 多くの国と研究者がジェノサイドと位置づける一方、トルコ政府はその認定を否定しており、国際的な論争が続いている。
- 場所
- アナトリア
1916年ヨーロッパ戦争・紛争ヴェルダンの戦い
10か月に及ぶ攻防で双方に多数の死傷者が出た。
- 場所
- ヴェルダン
1916年日本政治・国家民本主義の主張
吉野作造が、主権の所在を問わず民衆の意向に基づく政治を説いた。
- 場所
- 東京
1917年ヨーロッパ政治・国家ロシア革命
二月革命で帝政が倒れ、十月革命でボリシェヴィキが政権を握った。
- 背景
- 長期化した戦争で食料と燃料が不足し、都市で抗議行動が広がった。
- 帰結
- 史上初の社会主義政権が成立し、以後の国際政治が資本主義圏と社会主義圏の対立を軸に動いた。
- 場所
- サンクトペテルブルク
1917年南北アメリカ戦争・紛争アメリカの第一次世界大戦参戦
連合国側の物資と兵力が補われた。
- 場所
- ワシントンD.C.(宣戦)
1918年〜1920年世界規模災害・疫病インフルエンザの世界的流行
世界各地で大量の死者が記録された。
- 背景
- 戦時下の兵員移動と検閲された報道が拡大に影響した。
- 帰結
- 世界で数千万人が死亡し、公衆衛生の国際協力の必要が認識された。
- 出典
- Taubenberger, J. K. & Morens, D. M. "1918 Influenza: the Mother of All Pandemics." Emerging Infectious Diseases 12 (2006)
1918年日本人類・社会米騒動
米価の高騰に対する米屋などの打ちこわしが全国に広がり、政府は軍隊を出動させて鎮圧した。検挙者は2万人を超えた。
- 場所
- 魚津(富山)
1918年〜1921年日本政治・国家原敬内閣
衆議院に基盤を置く本格的な政党内閣が成立した。
- 場所
- 東京
1918年〜1922年日本戦争・紛争シベリア出兵
日本はロシア革命への干渉として他の連合国とともに出兵し、最大で約7万人を派遣した。他国の撤退後も1922年まで駐留を続けた。
- 場所
- シベリア(ロシア)
1919年東アジア政治・国家三・一独立運動
独立宣言を機に朝鮮全土で数か月にわたり運動が広がり、朝鮮総督府がこれを鎮圧した。以後、統治方針が転換された。
- 場所
- ソウル(京城)
1919年東アジア政治・国家五・四運動
中国でヴェルサイユ条約の内容に反対する運動が起きた。
- 場所
- 北京
1919年ヨーロッパ政治・国家ワイマール憲法
男女普通選挙と社会権を含む憲法が制定された。
- 背景
- 敗戦と革命を経て、共和国の枠組みが必要とされた。
- 帰結
- 当時最も民主的とされたが、大統領緊急令の規定が1930年以降の議会を経ない統治に用いられ、憲法を停止しないまま議会制が機能を失う経路となった。
- 場所
- ヴァイマル
1919年ヨーロッパ政治・国家ヴェルサイユ条約
ドイツの領土削減・軍備制限・賠償が定められた。
- 背景
- 敗戦国を交渉から排除したまま講和の条件が決められた。
- 帰結
- 賠償と領土の条件がドイツ国内の不満を残し、のちの体制変動の一因となった。国際連盟が設立された。
- 場所
- ヴェルサイユ宮殿
- 出典
- The Avalon Project, Yale Law School「The Versailles Treaty June 28, 1919」(条文)
1920年〜1946年世界規模政治・国家国際連盟
史上初の常設的な国際平和機構。アメリカは加盟しなかった。
- 背景
- 第一次世界大戦の惨禍を受け、恒久的な平和機構が構想された。
- 帰結
- 侵略の抑止に十分機能せず、その経験が国際連合の設計に反映された。
- 場所
- ジュネーヴ
- 出典
- 国連ジュネーブ事務局「The League of Nations」(国際連盟アーカイブ)
1920年オセアニア政治・国家南洋群島の委任統治
国際連盟のもとで、赤道以北の旧ドイツ領の島々が日本の委任統治領とされた。
- 場所
- 南洋群島(カロリン諸島)
- 出典
- 国連ジュネーブ事務局「The League of Nations」(委任統治を含む国際連盟アーカイブ)
1921年〜1922年世界規模政治・国家ワシントン会議
海軍軍縮と太平洋・中国に関する条約が結ばれた。
- 背景
- 大戦後の海軍拡張競争を抑える必要があった。
- 帰結
- 主力艦の保有比率が定められ、日英同盟が解消された。
- 場所
- ワシントンD.C.
1922年ヨーロッパ政治・国家ムッソリーニの政権掌握
イタリアでファシスト党が政権を得た。
- 背景
- 戦後の経済混乱と、講和条約への不満が広がっていた。
- 帰結
- 一党支配が確立し、ドイツを含む各国の権威主義的な運動に影響した。
- 場所
- ローマ
1922年〜1991年ヨーロッパ政治・国家ソビエト連邦
複数の共和国からなる社会主義国家として成立した。
- 背景
- ロシア革命後の内戦を経て、複数の共和国が連邦を結成した。
- 帰結
- 冷戦下でアメリカと並ぶ超大国となったが、1991年に解体した。
- 場所
- モスクワ
1922年アフリカ政治・国家エジプトの独立
イギリスが保護国の地位を解いた。ただしスエズ運河地帯の駐兵などは残された。
- 場所
- カイロ
1922年オセアニア文化・芸術クラ交易の記録
ニューギニア東部の島々をめぐって装飾品を交換する慣行が、人類学の調査によって記録・公刊された。
- 場所
- トロブリアンド諸島
1923年日本災害・疫病関東大震災
10万人以上が死亡・行方不明となった。混乱のなかで流言が広がり、自警団や軍・警察により多数の朝鮮人・中国人が殺害された。犠牲者数の推計には大きな幅がある。
- 場所
- 関東地方
1925年日本人類・社会ラジオ放送の開始
東京・大阪・名古屋で放送が始まった。
- 場所
- 東京
1925年日本政治・国家普通選挙法と治安維持法
満25歳以上の男子に選挙権が認められる一方、国体の変革などを禁じる法律が定められた。
- 背景
- 護憲運動と労働・農民運動の高まりが背景にあった。
- 帰結
- 有権者は約4倍になった。治安維持法は1928年の改正で最高刑が死刑とされ、適用の範囲が広げられて多数が検挙された。1945年に廃止された。
- 場所
- 東京
1927年日本経済・交易金融恐慌
銀行の休業が相次ぎ、取り付け騒ぎが起きた。財閥系の銀行に預金が集まった。
- 場所
- 日本全国
1928年〜1932年ヨーロッパ経済・交易ソ連の第1次五カ年計画
重工業化と農業集団化が進められた。
- 背景
- 農業国から工業国への転換が目標とされた。
- 帰結
- 重工業が急速に発展した一方、農業集団化に伴い大規模な飢饉が生じた。
- 場所
- ロシア
1929年世界規模経済・交易世界恐慌の始まり
ニューヨーク株式市場の急落を契機に各国へ波及した。
- 背景
- 第一次大戦後の生産過剰と、株式市場への資金の集中が重なっていた。
- 帰結
- 各国が自国と植民地を囲い込む経済政策に向かい、国際的な緊張が高まった。
- 場所
- ニューヨーク
1930年南アジア・東南アジア政治・国家塩の行進
塩の専売に反対する非暴力の抗議行動。
- 背景
- イギリス領インド政庁が、生活必需品である塩の製造と販売を専売としていた。
- 帰結
- 非暴力による大衆運動の手法が確立し、各国の運動に影響した。
- 場所
- ダンディ
1930年〜1931年日本経済・交易昭和恐慌
世界恐慌と金解禁が重なり、物価と農産物価格が急落した。農村の困窮が深まった。
- 場所
- 日本全国
1931年東アジア戦争・紛争満洲事変
日本の関東軍が軍事行動を起こし、翌年に満洲国が建てられた。
- 背景
- 鉄道権益をめぐる対立が続いていた。
- 帰結
- 国際連盟が承認せず、日本は1933年に脱退した。
- 場所
- 瀋陽(奉天)
1932年〜1933年ヨーロッパ災害・疫病ソ連の飢饉(ホロドモール)
農業集団化と穀物の強制的な調達のもとで飢饉が生じ、ウクライナを中心に数百万人が死亡した。
- 背景
- 第1次五カ年計画のもとで穀物の供出が強化されていた。
- 帰結
- ウクライナなど複数の国はジェノサイドと位置づけ、ロシア政府はこれを否定している。
- 場所
- ウクライナ
1932年日本政治・国家五・一五事件
海軍の青年将校らが首相を殺害した。政党内閣が途切れた。
- 場所
- 東京
1933年ヨーロッパ政治・国家ヒトラー内閣の成立
大統領の任命により連立内閣の首相となった。
- 背景
- 恐慌下の失業と、ヴェルサイユ条約への不満が広がっていた。
- 帰結
- 全権委任法で議会制が停止され、再軍備と対外進出が進んだ。
- 場所
- ベルリン
1933年〜1939年南北アメリカ経済・交易ニューディール政策
公共事業と労働・金融の規制で恐慌への対応が図られた。
- 背景
- 失業率が25%に達し、金融システムが機能不全に陥っていた。
- 帰結
- 公共事業と社会保障が整えられ、政府の経済への関与が拡大した。
- 場所
- アメリカ合衆国
1935年〜1936年アフリカ戦争・紛争イタリアのエチオピア侵攻
国際連盟の制裁は効果を上げなかった。
- 背景
- アドワの戦いでの敗北の記憶と、資源の確保が動機とされた。
- 帰結
- 国際連盟の経済制裁が実効性を欠き、集団安全保障の限界が示された。
- 場所
- エチオピア
1936年〜1938年ヨーロッパ人類・社会ソ連の大粛清
党・軍・官僚の幹部を含む多数が逮捕・処刑され、あるいは強制収容所に送られた。
- 背景
- 党内の対立と、対外的な危機感を背景に摘発が拡大した。
- 帰結
- 軍の指揮官層が失われ、独ソ戦の初期の対応に影響したと論じられている。
- 場所
- ロシア
1936年〜1939年ヨーロッパ戦争・紛争スペイン内戦
反乱側にドイツ・イタリアが、共和国側にソ連が支援を行い、各国から義勇兵が国際旅団に加わった。英仏は不干渉の方針をとった。
- 背景
- 人民戦線政府に対し軍部が蜂起した。
- 帰結
- ドイツ・イタリアが軍事介入し、新型兵器と空襲の実験の場となった。
- 場所
- スペイン
1936年日本政治・国家二・二六事件
陸軍の一部が部隊を率いて政府要人を襲い、高橋是清蔵相・斎藤実内大臣・渡辺錠太郎教育総監らを殺害した。4日間の占拠ののち鎮圧された。軍の政治への影響が強まった。
- 場所
- 東京
1937年〜1945年東アジア戦争・紛争日中戦争
盧溝橋事件を機に全面的な戦争となった。
- 背景
- 満洲事変以後、日本の華北への進出が続いていた。
- 帰結
- 中国側の軍民に多数の死傷者が出た。1937年末の南京占領時の殺害・略奪は南京事件として国際的に問題とされ、犠牲者数の推計には幅がある。太平洋戦争へ連続した。
- 場所
- 中国
1938年ヨーロッパ政治・国家ミュンヘン会談
ズデーテン地方のドイツへの割譲が認められた。
- 背景
- 戦争の回避を優先する判断が英仏で優勢だった。
- 帰結
- ドイツの要求は止まらず、翌年にはチェコスロヴァキアを解体し、ポーランドに侵攻した。
- 場所
- ミュンヘン
1938年南北アメリカ経済・交易メキシコの石油国有化
外国資本の石油会社が接収され、国営企業が設立された。
- 場所
- メキシコシティ(メキシコ)
1938年日本政治・国家国家総動員法
議会の承認なしに人と物を動員できるとした。戦時の統制が広がった。
- 場所
- 日本全国
1939年〜1945年世界規模戦争・紛争第二次世界大戦
ヨーロッパ・アジア・太平洋の広域にわたる戦争。
- 背景
- 恐慌後の経済圏の分断と、第一次大戦後の国際秩序への不満が背景にあった。
- 帰結
- 国際連合の設立と核兵器の登場を経て、植民地の独立が相次いだ。
- 場所
- ヨーロッパ
1939年ヨーロッパ政治・国家独ソ不可侵条約
秘密議定書で東欧の勢力範囲が取り決められた。
- 背景
- 対立していた両国が、当面の利害で一致した。
- 帰結
- ポーランド侵攻の条件が整い、同年に第二次世界大戦が始まった。
- 場所
- モスクワ
1940年ヨーロッパ戦争・紛争フランスの降伏
ドイツが北部と大西洋岸を占領し、南部をヴィシー政権が統治した。
- 場所
- コンピエーニュ
1940年日本政治・国家大政翼賛会の発足
政党が解散して合流し、上意下達の組織が作られた。
- 場所
- 東京
1941年〜1945年東アジア戦争・紛争太平洋戦争
日本と連合国が太平洋・東南アジアで戦った。
- 背景
- 対日石油禁輸と日米交渉の行き詰まりを背景に、日本がアメリカ・イギリス・オランダに対して開戦した。
- 帰結
- アジア各地が戦場となり、終戦後は多くの地域で独立運動が進んだ。
- 場所
- 太平洋
1941年ヨーロッパ戦争・紛争独ソ戦の開始
ドイツが独ソ不可侵条約を破ってソ連に侵攻し、東部戦線が開かれた。
- 背景
- 東方への領土拡大が当初からの構想にあった。
- 帰結
- 戦線が東西に分かれ、戦争の帰趨を左右する最大の戦域となった。
- 場所
- 東ヨーロッパ
1941年〜1945年ヨーロッパ人類・社会ホロコースト
ナチス・ドイツと協力者により、ユダヤ人約600万人をはじめ、ロマ、障害のある人々、政治犯などが組織的に殺害された。
- 背景
- 人種にもとづく差別立法が段階的に強化され、占領地の拡大とともに組織的な殺害が実行された。
- 帰結
- 戦後、ジェノサイド条約と世界人権宣言が採択され、人道に対する罪が国際法上の概念として確立した。
- 場所
- ヨーロッパ
- 出典
- UNESCO世界遺産「Auschwitz Birkenau German Nazi Concentration and Extermination Camp (1940-1945)」
1942年〜1943年ヨーロッパ戦争・紛争スターリングラードの戦い
ドイツ軍が包囲・降伏し、東部戦線の主導権が移った。
- 背景
- 石油資源の産地であるカフカスへの進出が目的とされた。
- 帰結
- ドイツ第6軍が降伏し、以後ソ連軍が西へ進撃を続けた。
- 場所
- ヴォルゴグラード
1942年〜1945年オセアニア戦争・紛争太平洋の島嶼における戦闘
ソロモン諸島・ニューギニアなどが主要な戦場となった。
- 場所
- 南西太平洋(ソロモン諸島・ニューギニア)
1944年世界規模経済・交易ブレトン・ウッズ協定
ドルを基軸とする固定相場制とIMF・世界銀行の設立が決まった。
- 背景
- 戦間期のブロック経済が対立を深めた反省があった。
- 帰結
- 為替の安定と復興資金の供給の枠組みが整い、戦後の経済成長を支えた。
- 場所
- ブレトンウッズ(ニューハンプシャー州)
1944年ヨーロッパ戦争・紛争ノルマンディー上陸作戦
連合軍が西部戦線を開いた。
- 背景
- ソ連が第二戦線の形成を強く求めていた。
- 帰結
- 西部戦線が開かれ、11か月後にドイツが降伏した。
- 場所
- ノルマンディー
1944年〜1945年日本戦争・紛争日本本土への空襲
アメリカ軍が各地の都市を爆撃した。3月10日の東京の空襲では一夜で10万人前後が死亡したと推計され、全国の空襲による死者は数十万人にのぼる。
- 場所
- 日本全国
1945年世界規模政治・国家国際連合の発足
連合国50か国がサンフランシスコ会議で憲章に署名し、同年10月に発足した。
- 背景
- 国際連盟が紛争の抑止に十分機能しなかった経験を踏まえて設計された。
- 帰結
- 安全保障理事会の常任理事国に拒否権が置かれ、冷戦下では機能が限られた。
- 場所
- サンフランシスコ
- 出典
- 国際連合「United Nations Charter (full text)」(1945年6月26日署名)
1945年南アジア・東南アジア政治・国家インドネシア独立宣言
以後4年の武力衝突を経て独立が承認された。
- 背景
- 日本の降伏直後の権力の空白を利用した。
- 帰結
- 4年の武力衝突を経て、1949年にオランダが独立を承認した。
- 場所
- ジャカルタ
1945年ヨーロッパ政治・国家ヤルタ会談
戦後処理とソ連の対日参戦が協議された。
- 背景
- ドイツの敗北が確実となり、戦後処理が課題となっていた。
- 帰結
- 東欧の勢力範囲が事実上定まり、冷戦の構図の起点とされる。
- 場所
- ヤルタ
1945年日本人類・社会女性参政権の実現
衆議院議員選挙法が改正され、満20歳以上の男女に選挙権が認められた。翌年の総選挙で39人の女性議員が当選した。
- 背景
- 1925年の普通選挙法は男子のみを対象としていた。
- 帰結
- 有権者はほぼ倍増し、日本国憲法にも男女の平等が定められた。
- 場所
- 日本全国
1945年日本戦争・紛争広島・長崎への原子爆弾投下
アメリカが広島と長崎に原子爆弾を投下した。1945年末までに広島で約14万人、長崎で約7万4千人が死亡したと推計される。核兵器が実戦で使用された唯一の事例。
- 背景
- マンハッタン計画により核兵器が実用化されていた。
- 帰結
- 同じ月にソ連が対日参戦し、日本はポツダム宣言を受諾した。以後、核兵器の保有をめぐる競争と軍縮の議論が続いた。
- 場所
- 広島(および長崎)
- 出典
- UNESCO世界遺産「Hiroshima Peace Memorial (Genbaku Dome)」
1945年日本戦争・紛争沖縄戦
地上戦で日米双方に多数の死者が出た。死者は全体で約20万人、うち沖縄県出身者は一般住民約9万4千人を含め12万人を超えるとされ、推計には幅がある。
- 場所
- 沖縄本島
1945年〜1952年日本政治・国家連合国軍の占領と戦後改革
GHQの指示のもとで、女性参政権、財閥解体、農地改革、労働三法、教育制度の改革などが行われた。
- 背景
- ポツダム宣言の受諾により、日本は連合国の占領下に置かれた。
- 帰結
- 1952年の講和条約の発効で占領は終わり、諸改革は戦後の社会の枠組みとして残った。
- 場所
- 東京(GHQ)
- 出典
- 国立国会図書館「日本国憲法の誕生」憲法条文・重要文書(ポツダム宣言の全文)
1946年南アジア・東南アジア政治・国家フィリピンの独立
アメリカから独立した。
- 場所
- マニラ
1946年〜1958年オセアニア人類・社会ビキニ環礁などでの核実験
アメリカ合衆国がマーシャル諸島のビキニ・エニウェトク両環礁で67回の核実験を行った。
- 背景
- 合衆国の信託統治下にあった島々が実験場とされ、合衆国は住民を他の島へ移住させた。
- 帰結
- 被曝と環境汚染が長期に残り、太平洋地域の非核化の要求につながった。
- 場所
- ビキニ環礁(マーシャル諸島)
- 出典
- UNESCO世界遺産「Bikini Atoll Nuclear Test Site」
1946年〜1948年日本政治・国家極東国際軍事裁判
A級戦犯として28人が起訴され、7人に死刑判決が出された。裁判の性格をめぐる議論は現在も続いている。
- 場所
- 東京
1946年〜1950年日本経済・交易農地改革
政府が不在地主の農地などを買い上げ、小作人に売り渡した。1950年までに小作地の大半が解放され、自作農が大幅に増えた。
- 場所
- 日本全国
1947年南アジア・東南アジア政治・国家インドとパキスタンの分離独立
大規模な人口移動を伴った。
- 背景
- 宗教別の政治的代表をめぐる対立が深まっていた。
- 帰結
- 1000万人規模の移動と大規模な衝突が生じ、カシミール問題が残った。
- 場所
- インド亜大陸
1947年南北アメリカ政治・国家トルーマン・ドクトリンとマーシャル・プラン
共産主義の拡大阻止と西欧の復興援助が表明された。
- 背景
- 戦後の東欧でソ連の影響力が拡大していた。
- 帰結
- 西側の復興と結束が進み、冷戦の枠組みが形づくられた。
- 場所
- ワシントンD.C.
1947年日本政治・国家日本国憲法の施行
国民主権、基本的人権の尊重、平和主義を三つの原則とする憲法が施行された。
- 背景
- 占領下でGHQの草案をもとに帝国議会で修正・可決された。制定の経緯をめぐる議論が続いている。
- 帰結
- 天皇は国政に関する権能を持たない象徴とされ、戦後の政治と社会の基礎となった。
- 場所
- 日本全国
- 出典
- 衆議院「日本国憲法」(全文)
1948年世界規模政治・国家世界人権宣言の採択
国際連合総会で採択された。
- 背景
- 戦時の組織的な人権侵害への反省があった。
- 帰結
- 法的拘束力はないが、各国の憲法と後の人権条約の基礎となった。
- 場所
- パリ
- 出典
- 国際連合「Universal Declaration of Human Rights」(全文。1948年12月10日採択)
1948年西アジア・中東戦争・紛争イスラエルの建国と第1次中東戦争
建国宣言の翌日に周辺諸国との戦争が始まり、70万人前後のパレスチナ人が居住地を離れた。退去の経緯については、軍事行動による強制退去とみる立場と、戦闘からの避難とみる立場があり、論争が続いている。
- 背景
- 国連のパレスチナ分割決議を受けて建国が宣言された。
- 帰結
- 難民の帰還と国境の画定が未解決のまま残り、以後の中東紛争の起点となった。
- 場所
- テルアビブ
1948年〜1949年ヨーロッパ政治・国家ベルリン封鎖
西側は空輸で対応し、翌年に東西ドイツが成立した。
- 背景
- 西側の通貨改革に対しソ連が陸路を遮断した。
- 帰結
- 空輸で対抗し、翌年に東西ドイツが別個の国家として成立した。
- 場所
- ベルリン
1948年〜1991年アフリカ政治・国家アパルトヘイト政策の法制化
居住・結婚・教育などを人種別に分ける法律が体系的に制定された。
- 背景
- 以前からの分離慣行が、選挙で勝った政党により法制度として整備された。
- 帰結
- 国際的な非難と経済制裁を受け、1991年に諸法が撤廃された。
- 場所
- 南アフリカ
1948年南北アメリカ政治・国家米州機構(OAS)の設立
南北アメリカ21か国による地域機構として発足した。
- 場所
- ボゴタ(コロンビア)
1949年東アジア政治・国家中華人民共和国の成立
同年、中華民国政府は台湾へ移った。
- 背景
- 日中戦争後の国共内戦で共産党が勝利した。
- 帰結
- 土地改革と国有化が進み、朝鮮戦争への参戦でアメリカとの対立が固定した。
- 場所
- 北京
1949年ヨーロッパ政治・国家北大西洋条約機構(NATO)の成立
西側12か国による集団防衛機構。
- 背景
- ベルリン封鎖で西欧の安全保障への懸念が高まった。
- 帰結
- 集団防衛の枠組みが作られ、6年後にワルシャワ条約機構が対置された。
- 場所
- ワシントンD.C.
- 出典
- NATO「Founding treaty」(1949年4月4日署名)
1950年〜1953年東アジア戦争・紛争朝鮮戦争
北朝鮮軍が北緯38度線を越えて南進し、国連軍と中国人民志願軍が介入した。休戦協定で分断が固定された。
- 背景
- 第二次大戦後、北緯38度線で分割占領された状態が続いていた。
- 帰結
- 休戦協定のまま分断が固定され、日本は特需により経済復興が進んだ。
- 場所
- 朝鮮半島
1951年日本政治・国家サンフランシスコ講和条約
日本と48か国が講和し、同日に日米安全保障条約が結ばれた。
- 背景
- 冷戦下で、日本の国際社会への早期復帰が求められた。
- 帰結
- 日本が主権を回復したが、ソ連は署名せず、中国は会議に招かれなかった。領土をめぐる問題が残った。
- 場所
- サンフランシスコ
1951年日本政治・国家日米安全保障条約
講和条約と同じ日に調印され、米軍の日本駐留が定められた。
- 背景
- 冷戦下で、講和後の安全保障の枠組みが問われていた。
- 帰結
- 1960年の改定をめぐって大規模な反対運動が起きた。
- 場所
- サンフランシスコ
1953年ヨーロッパ科学・技術DNAの二重らせん構造の提示
遺伝情報の複製の仕組みを説明する構造が示された。
- 背景
- X線回折による解析データが蓄積されていた。
- 帰結
- 遺伝情報の複製と伝達の仕組みが説明可能になり、分子生物学と遺伝子工学が展開した。
- 場所
- ケンブリッジ
- 出典
- Watson, J. D. & Crick, F. H. C. "Molecular Structure of Nucleic Acids." Nature 171 (1953)
1954年南アジア・東南アジア政治・国家ジュネーヴ休戦協定
インドシナ戦争が終結し、ベトナムが北緯17度線で分割された。
- 背景
- ディエンビエンフーの陥落でフランスの継戦が困難になった。
- 帰結
- 南北の統一選挙は実施されず、分断がベトナム戦争へつながった。
- 場所
- ジュネーヴ
1954年〜1962年アフリカ戦争・紛争アルジェリア戦争
民族解放戦線とフランスとの戦争。双方に多数の死者が出た。
- 背景
- 100万人規模の入植者が住み、フランスは本国の一部として扱っていた。
- 帰結
- 1962年のエヴィアン協定を経て独立した。フランス本国でも第五共和政の成立をめぐる政変が起きた。
- 場所
- アルジェリア
1955年世界規模政治・国家バンドン会議
アジア・アフリカ29か国が参加し、平和十原則を採択した。
- 背景
- 独立したアジア・アフリカ諸国が、冷戦下でいずれの陣営にも属さない立場を模索していた。
- 帰結
- 非同盟運動の出発点となり、国連での発言力の基盤となった。
- 場所
- バンドン
1955年〜1991年ヨーロッパ政治・国家ワルシャワ条約機構
東側の集団防衛機構として組織された。
- 背景
- 西ドイツのNATO加盟が決定した。
- 帰結
- 東欧諸国への軍事介入の枠組みともなり、1991年に解体された。
- 場所
- ワルシャワ
1955年〜1973年日本経済・交易高度経済成長
実質経済成長率が年平均10%前後で推移し、1968年には国民総生産が西側で2位となった。
- 背景
- 戦後改革と技術の導入、安価な資源、輸出の伸びが重なった。
- 帰結
- 都市への人口集中、公害、農村の過疎など、新たな課題も生じた。
- 場所
- 日本全国
1955年〜1993年日本政治・国家55年体制
自由民主党が政権を担い、日本社会党が野党第一党を占める構図が続いた。
- 背景
- 保守合同と社会党の統一が同じ年に起きた。
- 帰結
- 1993年の非自民連立内閣の成立で、この構図は終わった。
- 場所
- 日本全国
1956年西アジア・中東戦争・紛争スエズ戦争(第2次中東戦争)
エジプトによる運河の国有化を機に、イギリス・フランス・イスラエルが軍事行動をとったが、国際的圧力で撤退した。
- 背景
- ナセル政権が運河会社の国有化を宣言した。
- 帰結
- 米ソ双方の圧力で撤退し、英仏の影響力低下が明確になった。
- 場所
- スエズ運河
1956年ヨーロッパ政治・国家ハンガリー動乱
改革を求める運動がソ連軍により鎮圧された。
- 場所
- ブダペスト
1956年日本政治・国家国際連合への加盟
日ソ共同宣言を経て加盟が認められた。
- 場所
- ニューヨーク(国連本部)
1957年ヨーロッパ科学・技術スプートニク1号の打ち上げ
ソビエト連邦。世界初の人工衛星。
- 場所
- バイコヌール宇宙基地
1957年アフリカ政治・国家ガーナの独立
サハラ以南で、ヨーロッパの植民地支配から最初に独立した国となった。
- 背景
- 第二次大戦後、宗主国の国力低下と現地の政党の組織化が重なった。
- 帰結
- サハラ以南の独立運動を促し、1960年の「アフリカの年」につながった。
- 場所
- アクラ(ガーナ)
1959年〜1961年東アジア災害・疫病大躍進政策下の飢饉
増産政策と統計の過大報告が重なり、大規模な飢饉が生じた。死者の推計は1500万〜4500万人と幅がある。
- 背景
- 農業の集団化と、鉄鋼の増産を目標とする動員が同時に進められた。
- 帰結
- 政策が修正され、指導部内の対立が文化大革命の背景のひとつとなった。
- 場所
- 中国
- 出典
- Ashton, B. et al. "Famine in China, 1958–61." Population and Development Review 10 (1984)
1959年南北アメリカ政治・国家キューバ革命
親米政権が倒れ、以後アメリカと対立した。
- 背景
- アメリカ資本と結びついた独裁政権への反発があった。
- 帰結
- 社会主義路線を選び、翌々年の断交と1962年の危機につながった。
- 場所
- ハバナ
1960年〜1975年南アジア・東南アジア戦争・紛争諸説ありベトナム戦争
アメリカが本格的に介入し、1973年に撤退、1975年に南北が統一された。開始年は、南ベトナム解放民族戦線の結成(1960年)、ジュネーヴ協定後の分断(1955年)、トンキン湾事件(1964年)のいずれを起点とするかで諸説がある。
- 背景
- ジュネーヴ協定で南北に分割され、統一選挙が実施されなかった。
- 帰結
- 1975年に北ベトナムが南を制圧し、南北が統一された。軍民あわせた死者は推計に幅があるが100万人を超えるとされる。
- 場所
- ベトナム
- 出典
- 本年表は南ベトナム解放民族戦線の結成(1960年)を起点として表示している。起点の取り方は主典拠(山川出版社の世界史教材)の年表記述に拠る。
1960年アフリカ政治・国家アフリカの年
1年間に17か国が独立した。
- 背景
- 第二次大戦後、宗主国の国力低下と現地の独立運動が重なった。
- 帰結
- 国連加盟国が大幅に増え、非同盟諸国が国際政治で発言力を持つようになった。
- 場所
- アフリカ
1960年〜1965年アフリカ戦争・紛争コンゴ動乱
独立直後、ベルギーの支援を受けたカタンガ州の分離と国連軍の展開が重なり、内戦となった。初代首相ルムンバは失脚後に殺害された。
- 場所
- キンシャサ(レオポルドヴィル)
1960年日本経済・交易国民所得倍増計画
10年で国民所得を倍にする計画が決定された。実際には7年で達成された。
- 場所
- 日本全国
1960年日本政治・国家日米安保条約の改定と反対運動
条約の改定をめぐって大規模な反対運動が起き、批准後に内閣が総辞職した。
- 場所
- 東京(国会周辺)
1961年〜1989年ヨーロッパ政治・国家ベルリンの壁の建設
東ドイツが境界を封鎖して壁を築き、東西ベルリンの往来を遮断した。
- 背景
- 東から西への人口流出が続いていた。
- 帰結
- 28年間にわたり往来が遮断され、冷戦の象徴となった。
- 場所
- ベルリンの壁
1962年南北アメリカ政治・国家キューバ危機
ソ連がミサイルを撤去し、アメリカはキューバへの侵攻を行わないことで合意した。以後、米ソ間に直通回線が設けられた。
- 背景
- キューバにソ連のミサイル基地が建設されていることが判明した。
- 帰結
- 全面核戦争の寸前で回避され、部分的核実験禁止条約など軍備管理の交渉が始まった。
- 場所
- キューバ
1962年オセアニア政治・国家サモアの独立
太平洋島嶼部で最初の独立国となった。
- 場所
- サモア
1963年アフリカ政治・国家アフリカ統一機構の結成
32か国が参加し、2002年にアフリカ連合へ改組された。
- 背景
- 独立国が相次ぎ、共同の枠組みが求められた。
- 帰結
- 植民地時代の国境の維持が原則とされ、2002年にアフリカ連合へ改組された。
- 場所
- アディスアベバ
1964年南北アメリカ政治・国家公民権法の成立
人種などによる差別が法律で禁止された。
- 背景
- 南部の分離政策に対する抗議運動が全国に広がっていた。
- 帰結
- 投票権法とあわせ、法制度上の人種分離が撤廃された。
- 場所
- ワシントンD.C.
- 出典
- アメリカ国立公文書館 Milestone Documents「Civil Rights Act (1964)」
1964年日本人類・社会東京オリンピック
アジアで最初のオリンピック。東海道新幹線と高速道路の開通が重なった。
- 背景
- 戦後の復興と経済成長を国内外に示す機会とされた。
- 帰結
- 都市の交通と放送の設備が整えられ、テレビの普及が進んだ。
- 場所
- 東京
1965年日本政治・国家日韓基本条約
国交が正常化され、経済協力が取り決められた。請求権の解釈をめぐる議論が続いている。
- 場所
- 東京
1966年〜1976年東アジア政治・国家文化大革命
中国で大規模な政治運動が続き、教育と行政が長く混乱した。
- 背景
- 大躍進政策の失敗後の権力闘争が背景にあった。
- 帰結
- 教育・研究・行政が長期に停滞し、1976年の終息後に路線転換が図られた。
- 場所
- 北京
1967年南アジア・東南アジア政治・国家東南アジア諸国連合(ASEAN)の結成
東南アジア5か国による地域協力機構として発足した。
- 背景
- 域内の対立と、ベトナム戦争の波及への懸念があった。
- 帰結
- 加盟国が10か国に拡大し、経済統合と地域協議の枠組みとなった。
- 場所
- バンコク
1967年西アジア・中東戦争・紛争第3次中東戦争
イスラエルが占領地を大きく広げ、以後の紛争の枠組みが定まった。
- 背景
- 周辺国との緊張が高まるなか、イスラエルが先制攻撃を行った。
- 帰結
- 占領地の帰属が未解決のまま残り、和平交渉の主要な論点となった。
- 場所
- エルサレム
1967年〜1970年アフリカ戦争・紛争ビアフラ戦争
ナイジェリア東部の分離独立をめぐる内戦。連邦軍の封鎖下で大規模な飢餓が生じ、死者は数十万から百万人規模と推計される(推計には大きな幅がある)。
- 場所
- ビアフラ(ナイジェリア東部)
1967年オセアニア人類・社会オーストラリアの1967年国民投票
先住民を人口統計に含めることなどを定めた憲法改正が、9割を超える賛成で承認された。
- 場所
- オーストラリア
1967年〜1970年日本人類・社会公害の顕在化と公害対策基本法
チッソによる水俣病、昭和電工による新潟水俣病、三井金属鉱業によるイタイイタイ病、四日市ぜんそくが社会問題となり、国は公害対策基本法を定め、法と行政の仕組みを整えた。
- 場所
- 日本全国
1968年〜1974年アフリカ災害・疫病およそサヘルの干魃
サハラ南縁で降水量の少ない年が続き、家畜と人に大きな被害が出た。
1969年南北アメリカ科学・技術ARPANETの運用開始
のちのインターネットの原型となる分散型ネットワーク。
- 背景
- 離れた研究拠点の計算機資源を共有する目的で構築された。
- 帰結
- 規格が公開され、World Wide Web を経て世界的な情報基盤となった。
- 場所
- ロサンゼルス(UCLA)
1969年南北アメリカ科学・技術アポロ11号の月面着陸
人類が地球以外の天体に降り立った最初の事例。
- 背景
- 米ソの宇宙開発競争が国家事業として進められていた。
- 帰結
- 以後5回の着陸が行われ、月の岩石が地球へ持ち帰られた。
- 場所
- ケネディ宇宙センター(打ち上げ地)
1970年オセアニア政治・国家フィジーとトンガの独立
同じ年にイギリスから独立した。
- 場所
- フィジーとトンガ
1970年日本人類・社会日本万国博覧会
大阪で開かれ、6400万人以上が入場した。
- 場所
- 吹田(大阪)
1971年南アジア・東南アジア政治・国家バングラデシュの独立
東パキスタンがパキスタンから分離した。
- 場所
- ダッカ
1971年南北アメリカ経済・交易金とドルの交換停止
ブレトン・ウッズ体制が終わり、変動相場制へ移行した。
- 背景
- ベトナム戦争の支出と貿易赤字で金の流出が続いた。
- 帰結
- 固定相場制が崩れ、1973年に主要国が変動相場制へ移行した。
- 場所
- ワシントンD.C.
1971年オセアニア政治・国家太平洋諸島フォーラムの結成
南太平洋の独立国・自治政府による地域協議の枠組みが設けられた。
- 場所
- ウェリントン
1972年東アジア政治・国家ニクソンの中国訪問
米中の関係が転換し、冷戦の構図が変化した。
- 背景
- ソ連との対立を背景に、双方に接近の動機があった。
- 帰結
- 1979年の米中国交正常化につながった。日本は同じ1972年のうちに日中共同声明を発表し、中国との国交を正常化した。
- 場所
- 北京
1972年日本政治・国家日中国交正常化
共同声明により国交が結ばれた。1978年に平和友好条約が結ばれた。
- 場所
- 北京(中国)
1972年日本政治・国家沖縄の本土復帰
27年におよぶアメリカの施政権下から日本の施政権下に戻った。
- 背景
- サンフランシスコ講和条約で沖縄は日本の施政権から切り離されていた。
- 帰結
- 米軍施設の多くが残り、基地の集中が現在まで課題となっている。
- 場所
- 沖縄
1973年西アジア・中東経済・交易第1次石油危機
原油価格が急騰し、各国が省エネルギーと代替エネルギーへ転換した。
- 背景
- 第4次中東戦争を機に産油国が原油の減産と価格引き上げを行った。
- 帰結
- 高度成長が終わり、省エネルギー技術と原子力・代替エネルギーへの投資が進んだ。
- 場所
- ペルシア湾岸
1973年西アジア・中東戦争・紛争第4次中東戦争
エジプト・シリアがイスラエルに対して攻勢をかけた。
- 背景
- 第3次中東戦争で失った領土の回復が目的とされた。
- 帰結
- 産油国が原油の減産と価格引き上げを行い、第1次石油危機につながった。
- 場所
- シナイ半島
1973年南北アメリカ政治・国家チリのクーデタ
ピノチェトを中心とする軍部がクーデタを起こし、選挙で成立したアジェンデ政権が倒された。
- 背景
- 冷戦下でラテンアメリカの体制をめぐる対立が続いていた。
- 帰結
- 以後17年の軍政が続き、経済政策の転換と人権侵害が並行した。
- 場所
- サンティアゴ(チリ)
1973年日本経済・交易石油危機と日本経済
原油価格の高騰で物価が急上昇し、翌年は戦後初のマイナス成長となった。省エネルギー化が進んだ。
- 場所
- 日本全国
1975年〜1979年南アジア・東南アジア人類・社会カンボジアにおける大量殺害
民主カンプチア政権下で、処刑・強制労働・飢餓により人口の相当な割合が死亡した。推計は150万〜200万人。
- 背景
- ベトナム戦争の波及と内戦を経て政権が成立した。
- 帰結
- 1979年にベトナム軍の侵攻で政権が倒れ、のちに国際的な特別法廷で責任が問われた。
- 場所
- カンボジア
- 出典
- Heuveline, P. "'Between One and Three Million': Towards the Demographic Reconstruction of a Decade of Cambodian History (1970–79)." Population Studies 52 (1998)
1975年アフリカ政治・国家モザンビークとアンゴラの独立
前年のポルトガルの政変を受けて、両地域が独立した。
- 場所
- モザンビークとアンゴラ
1975年オセアニア政治・国家パプアニューギニアの独立
オーストラリアの施政下から独立した。ニューギニア側は国連の信託統治領、パプア側はオーストラリアの属領だった。
- 場所
- ポートモレスビー
1976年オセアニア文化・芸術ホクレア号の航海
計器を用いない伝統的な航海術でハワイからタヒチまで航海が行われた。
- 場所
- ハワイ〜タヒチ
1978年東アジア経済・交易中国の改革開放
市場の仕組みと外資の導入が始まった。
- 背景
- 文化大革命の混乱の後、経済の立て直しが課題となっていた。
- 帰結
- 経済特区の設置と農業の請負制により生産が拡大し、以後30年以上の高成長が続いた。
- 場所
- 北京
1978年〜1980年オセアニア政治・国家ソロモン諸島・ツバル・キリバス・バヌアツの独立
ソロモン諸島とツバルが1978年、キリバスが1979年、バヌアツが1980年に独立した。
- 場所
- ソロモン諸島・ツバル・キリバス・バヌアツ
1979年西アジア・中東政治・国家イラン革命
王政が倒れ、イスラーム法にもとづく共和制が成立した。
- 背景
- 急速な近代化政策と政治的抑圧に対する反発が広がっていた。
- 帰結
- 中東の政治に宗教的な要素が前面に出るようになり、原油価格も再び上昇した。
- 場所
- テヘラン
1979年〜1989年西アジア・中東戦争・紛争ソ連のアフガニスタン侵攻
10年に及ぶ戦闘の末に撤退した。
- 背景
- 親ソ政権の維持を目的とした軍事介入だった。
- 帰結
- 長期の消耗が国力を圧迫し、ソ連解体の一因となった。
- 場所
- アフガニスタン
1980年アフリカ政治・国家ジンバブエの独立
15年に及ぶ武力闘争と交渉を経て、多数決原理による政府が成立した。
- 場所
- ジンバブエ
1982年南北アメリカ戦争・紛争フォークランド/マルビナス紛争
アルゼンチンとイギリスが島の領有をめぐって戦い、イギリスが実効支配を回復した。
- 場所
- フォークランド諸島
1985年ヨーロッパ政治・国家ペレストロイカの開始
ソ連で経済と情報公開の改革が始まった。
- 背景
- 経済の停滞と技術の遅れが深刻化していた。
- 帰結
- 情報公開が進み、東欧の体制変動とソ連解体につながった。
- 場所
- モスクワ
1985年オセアニア政治・国家ラロトンガ条約
南太平洋を非核地帯とする条約が署名された。
- 場所
- ラロトンガ島
1985年日本経済・交易プラザ合意と円高
5か国が協調してドル高の是正に動いた。円高が進み、企業の海外移転が広がった。
- 場所
- ニューヨーク(プラザホテル)
1985年日本人類・社会男女雇用機会均等法
募集・採用・配置・昇進で男女を均等に扱うことを事業主の努力義務とし、教育訓練や福利厚生での差別を禁じた。翌年施行され、1997年の改正で努力義務は禁止規定に改められた。
- 場所
- 日本全国
1986年ヨーロッパ災害・疫病チェルノブイリ原子力発電所事故
広範囲が放射性物質で汚染された。
- 背景
- 試験運転中の操作と炉の設計上の特性が重なった。
- 帰結
- 原子力の安全基準が各国で見直され、情報公開の遅れも問題とされた。
- 場所
- チョルノービリ原子力発電所
1986年〜1991年日本経済・交易資産価格の高騰とその崩壊
地価と株価が急速に上がり、1990年代初めに下落した。
- 背景
- 金融の緩和と土地への融資の拡大が重なっていた。
- 帰結
- 不良債権の処理が長引き、1990年代を通じて低成長が続いた。
- 場所
- 日本全国
1989年東アジア政治・国家天安門事件
民主化を求める学生・市民の運動を、軍が武力で鎮圧した。死傷者数は公表されていない。
- 背景
- 改革開放にともなう物価上昇と汚職への不満が広がっていた。
- 帰結
- 各国が制裁を科したが数年で解除され、経済改革は継続された。
- 場所
- 北京(天安門広場)
1989年ヨーロッパ政治・国家ベルリンの壁の開放
翌1990年に東西ドイツが統一された。
- 背景
- ソ連の政策転換を背景に、東欧各国で体制の変更が相次いでいた。
- 帰結
- 翌年に東西ドイツが統一され、ヨーロッパの東西分断が解消に向かった。
- 場所
- ベルリン
1990年ヨーロッパ政治・国家東西ドイツの統一
東ドイツが西ドイツに編入される形で統一された。
- 背景
- 壁の開放後、東ドイツで統一を求める声が高まった。
- 帰結
- 経済格差の是正が長期の課題となり、EUにおけるドイツの比重が高まった。
- 場所
- ベルリン
1991年世界規模科学・技術World Wide Webの一般公開
CERNで開発された文書共有システムが外部に公開された。
- 背景
- 研究者間で文書を共有する仕組みとして開発された。
- 帰結
- 仕様が無償で公開され、10年で世界的な情報基盤となった。
- 場所
- ジュネーヴ(CERN)
1991年西アジア・中東戦争・紛争湾岸戦争
イラクのクウェート侵攻に対し多国籍軍が展開した。
- 背景
- イラクのクウェート侵攻に国連が撤退を求めた。
- 帰結
- 多国籍軍が短期間で作戦を終えたが、地域の緊張は継続した。
- 場所
- クウェート
1991年ヨーロッパ政治・国家ソビエト連邦の解体
15の共和国が独立国家となった。
- 背景
- 経済の停滞と、各共和国の独立志向が重なった。
- 帰結
- 冷戦が終結し、旧ソ連圏では市場経済への移行と地域紛争が並行して進んだ。
- 場所
- モスクワ
1992年オセアニア人類・社会マボ判決
オーストラリア高等法院が、入植以前からの先住民の土地の権原が消滅していない場合があると判断した。
- 場所
- マレー島(メル島、トレス海峡)
1993年ヨーロッパ政治・国家欧州連合(EU)の発足
マーストリヒト条約により経済統合から政治統合へ進んだ。
- 背景
- 石炭鉄鋼共同体以来40年をかけて経済統合が進んでいた。
- 帰結
- 共通通貨と人の移動の自由が実現し、加盟国が東欧へ拡大した。
- 場所
- マーストリヒト
1993年日本政治・国家非自民連立内閣の成立
38年ぶりに自民党が野党となった。翌年に選挙制度が改められた。
- 場所
- 東京
1994年アフリカ人類・社会ルワンダの大量殺害
約100日で80万人前後が殺害されたと推計される。
- 背景
- 植民地期に固定された集団の区分と、内戦の継続が背景にあった。
- 帰結
- 国際社会の対応の遅れが検証され、ルワンダ国際刑事裁判所が設置された。旧ユーゴの事例とあわせ、常設の国際刑事裁判所の設立を求める議論を後押ししたとされる。
- 場所
- ルワンダ
1994年アフリカ政治・国家南アフリカの全人種参加選挙
アパルトヘイト政策の法的枠組みが終了した。
- 背景
- 国際的な経済制裁と国内の抗議運動が続いていた。
- 帰結
- マンデラが大統領となり、真実和解委員会による検証が行われた。
- 場所
- 南アフリカ
1994年南北アメリカ経済・交易北米自由貿易協定の発効
アメリカ・カナダ・メキシコの間で関税が段階的に撤廃された。
- 背景
- 冷戦後、地域単位の経済統合が各地で進んだ。
- 帰結
- 生産拠点の移動が進み、2020年に新協定へ置き換えられた。
- 場所
- 北アメリカ(米・加・墨)
1995年世界規模経済・交易世界貿易機関(WTO)の発足
GATTを引き継ぎ、紛争処理の手続きが整えられた。
- 背景
- GATTでは扱えないサービス・知的財産の分野が拡大していた。
- 帰結
- 紛争解決の手続きが強化されたが、多角的交渉は難航が続いた。
- 場所
- ジュネーヴ
- 出典
- 世界貿易機関「The WTO in brief」(1995年設立)
1995年日本災害・疫病阪神・淡路大震災
マグニチュード7.3の地震で6400人以上が死亡した。
- 背景
- 都市の直下で起きた地震で、建物と高速道路の被害が大きかった。
- 帰結
- 耐震基準の見直しとボランティア活動の広がりにつながった。
- 場所
- 神戸
- 出典
- Kanamori, H. "The Kobe (Hyogo-ken Nanbu), Japan, Earthquake of January 16, 1995." Seismological Research Letters 66 (1995)
1997年世界規模政治・国家京都議定書の採択
先進国に温室効果ガスの削減目標が課された。
- 背景
- 気候変動枠組条約の具体的な義務づけが求められた。
- 帰結
- 先進国に削減目標が課されたが、アメリカが離脱し実効性が課題となった。
- 場所
- 京都
- 出典
- UNFCCC「The Kyoto Protocol」(1997年12月11日採択)
1997年東アジア政治・国家香港の返還
イギリスから中国へ主権が移り、一国二制度が適用された。
- 背景
- 新界の99年間の租借期限が満了することを機に、香港島・九龍を含む全域の扱いが英中間で交渉された。
- 帰結
- 一国二制度が50年間維持されるとされ、その運用が議論の対象となった。
- 場所
- 香港
1997年日本人類・社会アイヌ文化振興法
北海道旧土人保護法が廃止され、アイヌの文化の振興を図る法律が定められた。2019年にはアイヌを先住民族と明記する法律が制定された。
- 場所
- 北海道
2000年日本人類・社会介護保険制度の開始
40歳以上が加入し、要介護認定に基づいてサービスを受ける仕組みが始まった。
- 場所
- 日本全国
2001年南北アメリカ戦争・紛争アメリカ同時多発テロ
ニューヨークとワシントンで旅客機を用いた同時多発の攻撃があり、約3000人が死亡した。
- 背景
- 国境を越える組織による攻撃だった。
- 帰結
- 以後、アメリカが有志連合とともにアフガニスタンおよびイラクで軍事行動を行い、各国で治安と入国の制度が大きく変わった。
- 場所
- ニューヨーク
2002年アフリカ政治・国家アフリカ連合の発足
アフリカ統一機構を改組し、経済統合と紛争解決の機能が加えられた。
- 背景
- 植民地時代の国境維持を原則としたOAUの限界が意識されていた。
- 帰結
- 平和安全保障理事会が設けられ、域内への介入の枠組みが整えられた。
- 場所
- ダーバン(南アフリカ)
2003年世界規模科学・技術ヒトゲノムの解読完了
国際協力による塩基配列の解読が終了した。
- 背景
- 13年にわたる国際共同プロジェクトとして進められた。
- 帰結
- 医療と生物学の研究基盤となり、個人の遺伝情報の扱いが課題となった。
- 場所
- ベセスダ(米国メリーランド州)
- 出典
- International Human Genome Sequencing Consortium. "Finishing the euchromatic sequence of the human genome." Nature 431 (2004)
2003年西アジア・中東戦争・紛争イラク戦争
米英を中心とする有志連合が侵攻し、政権が倒れた。
- 背景
- 大量破壊兵器の保有を理由に開戦したが、後に確認されなかった。
- 帰結
- 米英は既存の安全保障理事会決議により正当化されると主張したが、多くの国と国際法学者は新たな決議のない武力行使として批判した。以後、地域の不安定化が続いた。
- 場所
- イラク
2004年南アジア・東南アジア災害・疫病スマトラ島沖地震とインド洋津波
沿岸諸国で20万人以上が死亡した。
- 背景
- インド洋には津波の警報網が整備されていなかった。
- 帰結
- 国際的な警報システムの構築と、災害援助の枠組みの見直しが進んだ。
- 場所
- バンダ・アチェ(スマトラ島沖)
- 出典
- Lay, T. et al. "The Great Sumatra-Andaman Earthquake of 26 December 2004." Science 308 (2005)
2008年世界規模経済・交易世界金融危機
アメリカの住宅金融市場を起点に各国へ波及した。
- 背景
- 住宅ローンを組み込んだ証券が世界中に販売されていた。
- 帰結
- 主要国が協調して財政出動を行い、金融規制が強化された。
- 場所
- ニューヨーク
2008年日本人類・社会人口減少の始まり
総人口が減少に転じた。高齢化率は世界で最も高い水準にある。
- 背景
- 出生数の低下が長く続いていた。
- 帰結
- 労働力、社会保障、地域の維持をめぐる議論が続いている。
- 場所
- 日本全国
2010年〜2012年西アジア・中東政治・国家アラブの春
チュニジアに始まる抗議行動が、エジプト・リビアなど北アフリカを含む各国に広がり、複数の政権が交代した。
- 背景
- 失業と物価上昇、長期政権への不満が重なっていた。
- 帰結
- 複数の政権が交代した一方、内戦が長期化した地域もあり、結果は国により大きく異なった。
- 場所
- チュニジア
2011年アフリカ政治・国家南スーダンの独立
住民投票を経てスーダンから分離した。
- 場所
- ジュバ
2011年日本災害・疫病東日本大震災
地震と津波により2万人近くが死亡・行方不明となり、原子力発電所の事故が起きた。
- 背景
- 想定を超える規模の地震と津波が発生した。
- 帰結
- 原子力発電のあり方が各国で見直され、防災計画も改められた。
- 場所
- 東北地方太平洋岸
- 出典
- Simons, M. et al. "The 2011 Magnitude 9.0 Tohoku-Oki Earthquake…" Science 332 (2011)
2011年日本災害・疫病福島第一原子力発電所の事故
地震と津波により炉心が損傷し、広い範囲に避難指示が出された。
- 背景
- 東日本大震災の津波で全電源が失われた。
- 帰結
- 原子力政策とエネルギー構成の見直しが議論され、廃炉と帰還の課題が続いている。
- 場所
- 福島第一原子力発電所
2015年世界規模政治・国家パリ協定の採択
気候変動に関する国際的枠組み。
- 背景
- 京都議定書が先進国のみを対象としていた限界があった。
- 帰結
- すべての参加国が削減目標を自主的に定める枠組みとなった。
- 場所
- パリ
- 出典
- UNFCCC「The Paris Agreement」(2015年12月12日採択)
2019年日本政治・国家天皇の退位と改元
特例法により退位が行われ、元号が平成から令和に改められた。
- 場所
- 東京(皇居)
2020年〜2023年世界規模災害・疫病COVID-19の世界的流行
世界保健機関が2020年3月にパンデミックを宣言した。
- 背景
- 航空網の発達により、感染は数か月で各大陸に及んだ。
- 帰結
- 各国が移動の制限を実施し、遠隔での就労・教育が急速に普及した。
- 出典
- Zhu, N. et al. "A Novel Coronavirus from Patients with Pneumonia in China, 2019." New England Journal of Medicine 382 (2020)
2022年ヨーロッパ戦争・紛争ロシアによるウクライナ侵攻
大規模な軍事侵攻が始まり、多数の避難民が生じた。
- 背景
- 2014年のクリミア併合以降、対立が続いていた。
- 帰結
- 広範な経済制裁とエネルギー供給の再編が生じ、周辺国を中心に多数の避難民を受け入れる状況が続いている。
- 場所
- ウクライナ
世界人口の推計(百万人)
1950年以前は研究者によって推計に幅があります。下限のみが示されている年もあります。
| 年 | 推計(百万人) |
|---|---|
| 1900年 | 1,550〜1,762 |
| 1910年 | 1,750(下限のみ) |
| 1920年 | 1,860(下限のみ) |
| 1930年 | 2,070(下限のみ) |
| 1940年 | 2,300(下限のみ) |
| 1950年 | 2,500(国連推計) |
| 1960年 | 3,000(国連推計) |
| 1970年 | 3,700(国連推計) |
| 1980年 | 4,400(国連推計) |
| 1990年 | 5,300(国連推計) |
| 2000年 | 6,100(国連推計) |
| 2010年 | 7,000(国連推計) |
| 2020年 | 7,800(国連推計) |
| 2024年 | 8,200(国連推計) |