古代(前1万年〜500年)
農耕が各地で始まり、都市・文字・国家が現れ、ユーラシアの各地に広い版図を持つ国家が並び立つまで。
この区間について
前1万年から500年までを扱います。年代の確かさは、確定70件、およそ102件、諸説あり11件です。古い時代ほど「およそ」が多く、紀元前後からは特定の年を示せる項目が増えます。地域の内訳はヨーロッパ45件、東アジア38件、西アジア・中東36件、アフリカ21件、南アジア・東南アジア17件、日本14件、南北アメリカ10件、オセアニア2件です。
農耕の広がり
農耕は一か所から広がったのではなく、各地で別々に始まったことが年表からも読み取れます。前8000年ごろ長江流域で稲作、前7000年ごろメソアメリカでトウモロコシの栽培化、前6500年ごろヨーロッパへの農耕の伝播、前4500年ごろニューギニア高地での初期農耕が収録されています。西アジアでは前5500年から前3800年のウバイド期に灌漑農耕が行われました。
文字と都市
前3300年ごろシュメールで楔形文字、前3200年ごろエジプトでヒエログリフが成立し、記録の残り方が大きく変わります。前3100年のエジプト第1王朝、前2900年から前2350年のシュメールの都市国家群、前2600年から前1900年のインダス文明の都市期、前1600年からの殷(商)が、この段階の主な国家です。技術では銅の冶金(前4500年ごろ)、車輪(前4000年ごろ)、馬の家畜化(前3500年ごろ)、鉄器の普及(前1000年ごろ)を収録しています。
広い版図を持つ国家
前2334年のアッカドのサルゴンによるメソポタミア統一以後、各地に広い版図を持つ国家が現れます。西アジアでは新アッシリア帝国(前911年〜前609年)、アケメネス朝ペルシア(前550年〜前330年)、東アジアでは周、春秋・戦国を経て前221年の秦による統一と漢(前202年〜220年)、南アジアではマウリヤ朝(前321年〜前185年)、地中海では前509年のローマ共和政の開始から前27年の帝政の開始へと続きます。アレクサンドロス3世の東方遠征(前334年〜前323年)とヘレニズム諸王国の分立も収録しています。
宗教と思想
前563年のゴータマ・シッダールタの生誕、前551年の孔子の生誕、前550年ごろのゾロアスター教の成立、30年のナザレのイエスの処刑が、この区間の宗教・思想に関わる主な項目です。ローマ帝国では313年のミラノ勅令、325年のニケーア公会議、392年のキリスト教の国教化が続きます。生誕年などには諸説があるものも含まれ、その場合は個別の出典を付けています。
ユーラシアの外側
南北アメリカでは前1200年から前400年のオルメカ文明、前1000年から前300年のチャビン文化、1年から600年のテオティワカンの繁栄、250年から900年のマヤ古典期を収録しています。オセアニアでは前1500年から前500年のラピタ文化の太平洋拡散が、人の移動の大きな動きにあたります。
区切りについて
500年という区切りは便宜的なものです。この前後には、375年から568年のゲルマン諸集団の移動、395年のローマ帝国の東西分割、476年の西ローマ帝国皇帝の廃位が並び、東アジアでは南北朝の分立が続いていました。地域によって時代の変わり目は異なるため、年表では同じ年に一律の意味を持たせていません。日本では前900年から前300年の水田稲作の広まり、250年から300年ごろの前方後円墳の出現、300年から600年のヤマト政権の形成を収録しています。
地域別の内訳
この時代の出来事(全183件)
年表に収録したこの区間の項目をすべて、年代の順に並べています。「およそ」「諸説あり」は年代の確かさを示します。出来事名を押すと、年表のその位置が開きます。
前10000年〜前3500年アフリカ人類・社会およそサハラ湿潤期
現在の砂漠域に湖沼が広がり、前7000年頃からは牧畜民の営みと岩絵が残された。
- 場所
- サハラ砂漠
前9500年西アジア・中東宗教・思想およそギョベクリ・テペの石柱建造
トルコ南東部。農耕開始期の大規模構築物。
前8000年東アジア経済・交易およそ長江流域における稲作の開始
上山・彭頭山などの遺跡で栽培化の痕跡が確認される。
- 背景
- 西アジアの農耕とは独立に、湿地に適した植物の栽培化が進んだ。
- 帰結
- 東アジアの人口を支える基盤となり、のちに東南アジアと日本列島へ広がった。
- 場所
- 長江流域
- 出典
- Fuller, D. Q. et al. "The Domestication Process and Domestication Rate in Rice: Spikelet Bases from the Lower Yangtze." Science 323 (2009)
前7400年〜前6000年西アジア・中東政治・国家およそチャタル・ヒュユクの集落
アナトリア。密集した住居と壁画を伴う大規模集落。
- 背景
- 住居が壁を接して密集し、出入りは屋根から行われた。
- 帰結
- 数千人規模の集落が、明確な公共建築や階層の痕跡を欠く形で営まれた例とされる。
- 場所
- チャタル・ヒュユク
- 出典
- UNESCO World Heritage Centre「Neolithic Site of Çatalhöyük」
前7000年南北アメリカ経済・交易およそメソアメリカにおけるトウモロコシの栽培化
テオシントからの選抜による。
- 背景
- 野生種テオシントは実が小さく硬い。長期の選抜で穂が大型化した。
- 帰結
- メソアメリカとアンデスの都市を支える主食となり、大航海時代以後は各大陸へ広がった。
- 場所
- バルサス川流域(メキシコ)
- 出典
- Matsuoka, Y. et al. "A single domestication for maize shown by multilocus microsatellite genotyping." PNAS 99 (2002)
前6500年ヨーロッパ経済・交易およそヨーロッパへの農耕の伝播
バルカン半島から中欧・西欧へ段階的に広がった。
- 背景
- 西アジアで成立した栽培植物と家畜が、人の移動を伴って広がった。
- 帰結
- 古代DNAの研究により、在来の狩猟採集民との混血の過程が復元されつつある。
- 場所
- バルカン半島
前6000年〜前4000年日本人類・社会およそ縄文海進
気温の上昇で海面が上がり、現在の内陸部まで海が入り込んだ。最も海面が高かったのは約6000年前とされ、貝塚の分布がその範囲を示す。
- 場所
- 日本全国
前5500年〜前3800年西アジア・中東経済・交易およそウバイド期の灌漑農耕
メソポタミア南部で運河による農地開発が進んだ。
- 背景
- 降雨に乏しい南メソポタミアで、河川からの導水が不可欠だった。
- 帰結
- 水路の維持に集団の組織化が必要となり、神殿を中心とする都市の形成につながった。
- 場所
- 南メソポタミア
前5000年〜前3000年東アジア文化・芸術およそ仰韶文化
黄河中流域。彩文土器を伴う農耕文化。
- 背景
- 黄河中流域の台地で、アワ・キビを主とする農耕が営まれた。
- 帰結
- 彩文土器と大規模な集落址が各地で確認され、のちの中国文明の基層となった。
- 場所
- 黄河中流域
前4500年西アジア・中東科学・技術およそ銅の冶金の開始
鉱石からの製錬が始まり、道具と装身具に用いられた。
- 背景
- 自然銅の加工から、鉱石を高温で還元する技術へ移行した。
- 帰結
- 武器と装身具の材料となり、原料と製品の遠距離交易が生まれた。
- 場所
- アナトリア
前4500年オセアニア経済・交易およそクックの初期農耕(ニューギニア高地)
湿地に排水路を掘り、タロイモ・バナナ・ヤムイモを栽培した。
- 背景
- 西アジアや中国とは無関係に、独立して農耕が始まった数少ない地域のひとつとされる。
- 帰結
- 排水と栽培の痕跡が層位ごとに残り、7000年以上の継続が確認されている。
- 場所
- クック湿地(ニューギニア高地)
- 出典
- UNESCO World Heritage Centre「Kuk Early Agricultural Site」
前4000年西アジア・中東科学・技術およそ車輪の使用
メソポタミアと中欧でほぼ同時期に記録が現れる。
- 背景
- 轆轤と荷車の双方で、ほぼ同時期に記録が現れる。
- 帰結
- 陸上輸送量が増え、のちに戦車として軍事にも用いられた。
前3900年〜前2200年日本人類・社会およそ三内丸山の集落
青森。大型の掘立柱建物と長期の定住の跡。クリの管理も指摘されている。
前3500年西アジア・中東経済・交易諸説あり馬の家畜化
中央ユーラシアの草原地帯。前3500年頃のボタイ遺跡の例が古いが、現在の家畜馬の系統は前2200年頃に西ユーラシア草原から広がったとする研究がある。
- 背景
- 騎乗と牽引の双方に用いられ、草原地帯の生活を支えた。
- 帰結
- 集団の移動速度が上がり、言語と技術がユーラシアを横断して広がる条件となった。
- 場所
- ポントス・カスピ海草原
- 出典
- Librado, P. et al. "The origins and spread of domestic horses from the Western Eurasian steppes." Nature 598 (2021)
前3300年西アジア・中東文化・芸術およそ楔形文字の成立(シュメール)
ウルクなどの都市で記録用の文字体系が成立。
- 背景
- 神殿や倉庫の物資を記録する必要から、絵記号が簡略化されて成立した。
- 帰結
- 行政・法・文学へ用途が広がり、西アジアの共通の書記体系として2000年以上用いられた。
- 場所
- ウルク
前3200年アフリカ文化・芸術およそヒエログリフの成立
エジプト。神殿・王権に関わる記録に用いられた。
- 背景
- 最古級の資料は墓に副葬された物品の付札で、物資の管理に関わる用途が先行したとみられる。
- 帰結
- 神官文字・民衆文字へ簡略化され、ロゼッタ石により19世紀に解読された。
- 場所
- アビドス(エジプト)
前3100年アフリカ政治・国家およそエジプト第1王朝の成立
上下エジプトの統一とされる時期。
- 背景
- ナイル川の定期的な氾濫を利用する農業が、流域全体の統合を支えた。
- 帰結
- 王を中心とする統治と、それを支える官僚・暦・測量の技術が整えられた。
- 場所
- メンフィス(エジプト)
前3000年〜前1500年ヨーロッパ文化・芸術およそストーンヘンジの建造
イギリス南部。複数の段階を経て構築された。
前3000年〜前1800年南北アメリカ政治・国家およそカラル遺跡の都市
ペルー沿岸。南米最古級の大規模建造物群。
前2900年〜前2350年西アジア・中東政治・国家およそシュメールの都市国家群
ウルク、ウル、ラガシュなどが並立した。
- 背景
- 各都市が守護神の神殿を中心とし、水利をめぐって争った。
- 帰結
- 王名表・法・叙事詩など、まとまった文字資料が残された最初の社会となった。
- 場所
- シュメール
前2686年〜前2181年アフリカ政治・国家およそエジプト古王国
ピラミッド建造が集中した時期。
- 背景
- ナイルの氾濫を利用する農業が安定し、王への集中が進んだ。
- 帰結
- 大規模なピラミッド建設が行われたが、末期には地方勢力が自立し分裂期に入った。
- 場所
- メンフィス(エジプト)
前2600年〜前1900年南アジア・東南アジア政治・国家およそインダス文明の都市期
モヘンジョダロ、ハラッパーなどの都市が営まれた。
- 背景
- 焼成レンガによる規格化された街区と、排水設備を備えていた。
- 帰結
- メソポタミアとの海上交易の記録が残る。文字は未解読で、衰退の要因にも定説がない。
- 場所
- モヘンジョダロ
- 出典
- UNESCO世界遺産「Archaeological Ruins at Moenjodaro」
前2600年アフリカ文化・芸術およそギザの大ピラミッド建造
第4王朝クフ王の墓とされる。
- 背景
- 石灰岩を積み上げた高さ約147mの構造物として築かれた。
- 帰結
- 古代の七不思議のうち現存する唯一の建造物となっている。
- 場所
- ギザ(エジプト)
- 出典
- UNESCO World Heritage Centre「Memphis and its Necropolis – the Pyramid Fields from Giza to Dahshur」
前2334年西アジア・中東政治・国家およそアッカドのサルゴンによるメソポタミア統一
記録に残る最初期の広域国家。
- 背景
- それまでシュメールの都市国家は並立し、水利と交易をめぐる抗争を繰り返していた。
- 帰結
- 複数の都市を一人の王が統治する形が生まれ、以後の西アジアの王権の型となった。
- 場所
- メソポタミア
前2200年西アジア・中東災害・疫病諸説ありアッカド帝国の崩壊
同時期の急激な乾燥化との関連が議論されている。
- 場所
- メソポタミア
- 出典
- Weiss, H. et al. "The Genesis and Collapse of Third Millennium North Mesopotamian Civilization." Science 261 (1993) — 急激な乾燥化との関連を論じた研究
前2112年〜前2004年西アジア・中東政治・国家およそウル第3王朝
法典と行政文書が大量に残る。
前2055年〜前1650年アフリカ政治・国家およそエジプト中王国
ヌビア方面への進出と文学作品の成立。
- 場所
- テーベ(エジプト)
前2000年西アジア・中東政治・国家およそヒッタイトのアナトリア進出
のちに鉄器の利用で知られる王国を形成した。
前2000年〜前1450年ヨーロッパ文化・芸術およそクノッソス宮殿とミノア文明
クレタ島。大規模な宮殿を中心とする社会で、線文字Aを用いた。海上の交易で栄えた。
- 背景
- エーゲ海の島々と東地中海を結ぶ交易路の要にあった。
- 帰結
- 前15世紀にクノッソスなどの宮殿が破壊され、ミュケナイの影響下に入った。
- 場所
- クノッソス
前1894年西アジア・中東政治・国家およそバビロン第1王朝の成立
のちにハンムラビのもとで南部メソポタミアを統合した。
- 背景
- アムル系の集団がメソポタミア南部に定着し、都市を拠点とした。
- 帰結
- 第6代ハンムラビのもとで南部が統合され、法典が編まれた。
- 場所
- バビロン
- 出典
- UNESCO世界遺産「Babylon」
前1750年西アジア・中東政治・国家およそハンムラビ法典の成文化
バビロン第1王朝。石碑に刻まれた法文が現存する。
- 背景
- 複数の都市の慣習法を統合する必要があった。
- 帰結
- 282条の条文が石碑に刻まれ、被害の程度に応じた刑罰の原則が示された。
- 場所
- バビロン
- 出典
- ルーヴル美術館 コレクション「Code de Hammurabi」(玄武岩の石碑、スーサ出土、SB 8)
前1650年〜前1550年アフリカ政治・国家およそヒクソスによる下エジプト支配
馬と戦車がエジプトにもたらされた。
- 場所
- アヴァリス
前1600年〜前1046年東アジア政治・国家およそ殷(商)
現存する中国最古の体系的文字資料を伴う。
- 背景
- 王が亀甲や獣骨を用いて吉凶を占い、その問いと結果を刻んで保管した。
- 帰結
- 中国における文字資料の始まりであり、現在の漢字の直接の祖形にあたる。
- 場所
- 安陽(殷墟)
前1600年〜前1200年ヨーロッパ政治・国家およそミュケナイ文明
ギリシア本土。城塞をそなえた王宮を中心に小王国が並立し、線文字Bでギリシア語を記した。
- 背景
- クレタの文物を受け入れつつ、独自の城塞と竪穴式の墓を築いた。
- 帰結
- 前12世紀に各地の王宮が破壊され、以後数世紀は文字の記録が途絶える。
- 場所
- ミュケナイ
前1550年〜前1069年アフリカ政治・国家およそエジプト新王国
シリア・ヌビアへ勢力を広げた時期。
- 背景
- 第2中間期に馬と戦車の技術が導入され、新王国期には常備軍が整えられた。
- 帰結
- シリア・パレスチナをめぐりヒッタイトと衝突し、諸王間で外交文書が交わされた。
- 場所
- テーベ(ルクソール)
前1500年南アジア・東南アジア人類・社会諸説ありアーリヤ語派集団のインド北西部への移動
段階的な移動とされ、年代には幅がある。
- 背景
- 中央ユーラシアの草原地帯から、馬と車を伴って段階的に南下したとされる。
- 帰結
- ヴェーダの言語と祭式が定着し、のちの身分秩序(ヴァルナ)の枠組みが形づくられた。
- 場所
- パンジャーブ
- 出典
- Narasimhan, V. M. et al. "The formation of human populations in South and Central Asia." Science 365 (2019)
前1500年〜前1000年南アジア・東南アジア宗教・思想およそヴェーダの成立
口承で伝えられた祭式文献群。
- 背景
- 祭式に用いる讃歌が、文字によらず口承で厳密に伝えられた。
- 帰結
- バラモンによる祭式の独占が進み、のちにこれを批判する思想が現れた。
- 場所
- パンジャーブ
前1500年〜前500年オセアニア人類・社会およそラピタ文化の太平洋拡散
ビスマルク諸島から東へ拡散し、前1000年頃にフィジー・トンガ・サモアに達した。特徴的な文様土器を伴う。
- 背景
- アウトリガー付きの舟で、島嶼間の長距離航海が行われた。
- 帰結
- メラネシアからポリネシア西部へ人が広がり、のちの太平洋航海の基礎となった。
- 場所
- ビスマルク諸島〜西ポリネシア
前1400年西アジア・中東文化・芸術およそウガリットのアルファベット
楔形文字による子音文字体系。
- 場所
- ウガリット
前1353年〜前1336年アフリカ宗教・思想およそアクエンアテンの宗教改革
アテン神を中心とする祭祀へ転換したが、後に復旧された。
- 場所
- アマルナ
前1274年西アジア・中東戦争・紛争およそカデシュの戦い
エジプトとヒッタイトが交戦し、決着がつかなかった。約15年後の前1259年頃、現存最古級の講和条約が結ばれた。
- 場所
- カデシュ(テル・ネビ・メンド)
前1200年西アジア・中東戦争・紛争諸説あり「海の民」の移動
東地中海各地の記録に現れるが、実体には諸説がある。
- 場所
- 東地中海
- 出典
- Cline, E. H. "1177 B.C.: The Year Civilization Collapsed" (Princeton University Press, 2014) — 実体をめぐる諸説の整理
前1200年〜前1150年西アジア・中東災害・疫病およそ東地中海における青銅器時代の諸王国の崩壊
ヒッタイト、ミケーネなど複数の政体が同時期に衰退した。原因は複合的とされる。
- 背景
- 干ばつ、地震、交易網の途絶、集団の移動など複数の要因が論じられている。
- 帰結
- 青銅の原料交易が途絶え、各地で鉄器の利用が広がる契機となった。
- 場所
- 東地中海
- 出典
- Cline, E. H. "1177 B.C.: The Year Civilization Collapsed" (Princeton University Press, 2014)
前1200年〜前800年西アジア・中東経済・交易およそフェニキア人の地中海交易
アルファベットの伝播を伴った。
- 背景
- レバノン沿岸の都市が、木材・染料・ガラス製品を扱った。
- 帰結
- 表音のアルファベットが交易とともに広まり、ギリシア文字の原型となった。
- 場所
- ティルス
前1200年〜前400年南北アメリカ政治・国家およそオルメカ文明
メソアメリカ最古級の文明。巨石人頭像が知られる。
- 背景
- メキシコ湾岸の低地で、大規模な土製建造物と巨石彫刻が営まれた。
- 帰結
- 暦・球技・神像などの要素が、のちのメソアメリカ諸文明に受け継がれた。
- 場所
- ラ・ベンタ(メキシコ湾岸)
前1046年〜前256年東アジア政治・国家およそ周
封建的な統治と青銅器・礼制が整えられた。
- 背景
- 殷を倒した際、統治の正統性を天命という観念によって説明した。
- 帰結
- 血縁に基づく封建的な統治が広がり、後世の中国の政治思想が繰り返し参照する基準となった。
- 場所
- 洛陽
前1000年西アジア・中東科学・技術およそ鉄器の普及
アナトリアから西アジア・地中海世界へ広がった。
- 背景
- 青銅より原料が入手しやすく、農具にも武器にも用いられた。
- 帰結
- 農業生産が増え、少数の支配層が金属を独占する構造が崩れた。
- 場所
- アナトリア
前1000年〜前930年西アジア・中東政治・国家諸説ありイスラエル王国
規模と実態については考古学上の議論がある。
- 背景
- 旧約聖書の記述と、考古学的な所見の対応が論点となっている。
- 帰結
- のちの一神教の伝統が形成される歴史的な背景として参照される。
- 場所
- エルサレム
- 出典
- Finkelstein, I. & Silberman, N. A. "The Bible Unearthed" (Free Press, 2001) — 考古学的所見から規模を小さく見積もる立場
前1000年〜前300年南北アメリカ宗教・思想およそチャビン文化
アンデス高地の祭祀の中心に、各地から巡礼が集まったとされる。
- 背景
- 灌漑農耕の広がりとともに、広域に共通する図像が用いられた。
- 帰結
- 動物を組み合わせた図像がアンデス各地に広がり、以後の文化の基層となった。
- 場所
- チャビン・デ・ワンタル(ペルー)
- 出典
- UNESCO World Heritage Centre「Chavin (Archaeological Site)」
前911年〜前609年西アジア・中東政治・国家およそ新アッシリア帝国
西アジアの広域を統治し、強制移住政策をとった。
- 背景
- 鉄製の武器と常備軍を備え、西アジアの広域を征服した。
- 帰結
- 被征服民の強制移住政策がとられ、アラム語が地域の共通語として広がった。
- 場所
- ニネヴェ
前900年〜前300年日本経済・交易およそ水田稲作の広まり
九州北部から西日本、東日本へと水田の営みが広がった。開始年代には前10世紀とする説と前5〜4世紀とする説がある。
- 背景
- 朝鮮半島から渡来した人と技術が関わったとされる。
- 帰結
- 以後、収穫物の貯蔵施設や、副葬品に差のある墓が現れる。
- 場所
- 九州北部
- 出典
- Shoda, S. "Radiocarbon and Archaeology in Japan and Korea: What has Changed Because of the Yayoi Dating Controversy?" Radiocarbon 52 (2010)/Sakamoto, M. et al. "Radiocarbon Dating of Tree Rings from the Beginning and End of the Yayoi Period, Japan." Radiocarbon 65 (2023)
前814年アフリカ経済・交易およそカルタゴの建設
フェニキア人による植民市。西地中海交易の拠点となった。
- 背景
- フェニキアのティルスからの植民市として築かれた。
- 帰結
- 西地中海の交易を握り、のちにローマと3度の戦争を交えた。
- 場所
- カルタゴ(チュニジア)
- 出典
- UNESCO世界遺産「Archaeological Site of Carthage」
前800年ヨーロッパ政治・国家およそギリシアのポリス形成
各地に城市を中心とする小規模な政治共同体が成立した。同時期にホメロスの叙事詩が成立したとされる。
- 背景
- 小規模な共同体が並立し、統一的な国家は形成されなかった。
- 帰結
- 市民が政治に参加する仕組みが生まれ、彫刻・演劇・哲学が発達した。
- 場所
- ギリシア
前800年〜300年日本人類・社会およそ環濠集落の形成
板付や吉野ヶ里などのように、濠と柵で囲まれた集落が現れた。武器で傷ついた人骨も見つかる。
- 場所
- 吉野ヶ里遺跡(佐賀)
前776年ヨーロッパ文化・芸術諸説あり第1回オリンピア祭
以後4年ごとに開催され、年代の基準としても用いられた。
- 背景
- ゼウスの聖域で行われた競技祭で、競技者と観客の安全通行を保障する取り決めが伴った。
- 帰結
- 4年ごとの開催が年代の基準として用いられ、19世紀に近代オリンピックとして復興された。
- 場所
- オリンピア
- 出典
- UNESCO世界遺産「Archaeological Site of Olympia」
前770年〜前403年東アジア政治・国家およそ春秋時代
春秋と戦国の分期には前453年・前403年など諸説がある。周王の権威が低下し、諸侯が並立した。
- 背景
- 周の東遷後、王の権威が形骸化し、有力諸侯が覇者を称した。
- 帰結
- 鉄製農具と牛耕が広がり、諸子百家と呼ばれる思想が生まれる素地となった。
- 場所
- 中原(黄河中下流域)
前753年ヨーロッパ政治・国家諸説ありローマの建国伝承
伝承上の年代であり、考古学的裏づけとは区別される。
- 背景
- ロムルスによる建国として伝えられる年代。
- 帰結
- 考古学的にはこの時期の集落の存在が確認されるが、伝承との対応は別問題とされる。
- 場所
- ローマ
- 出典
- Encyclopaedia Britannica「ancient Rome」— 建国年を伝承として扱い、考古学的所見と区別する記述
前750年〜前550年ヨーロッパ経済・交易およそギリシア人の植民市建設
黒海・南イタリア・北アフリカ沿岸に拡大した。
- 場所
- 地中海
前747年〜前656年アフリカ政治・国家およそクシュ王国(第25王朝)によるエジプト統治
ヌビアからの王朝がエジプト全土を統治した。
- 場所
- ナパタ
前700年〜前300年西アジア・中東人類・社会およそスキタイ
黒海北岸からアルタイにかけて活動した騎馬遊牧民。動物文様の金工で知られる。
- 場所
- 黒海北岸の草原
前671年西アジア・中東戦争・紛争アッシリアによるエジプト征服
一時的に西アジアとエジプトが一つの支配下に入った。
- 場所
- メンフィス(エジプト)
前612年西アジア・中東戦争・紛争ニネヴェの陥落
メディアと新バビロニアの連合軍が首都を攻略した。アッシリアの残存勢力はハランに拠り、前609年頃まで抵抗を続けた。
- 場所
- ニネヴェ
前600年西アジア・中東経済・交易およそリディアの鋳造貨幣
金銀合金による最古級の刻印貨幣。
- 背景
- 金銀の自然合金エレクトロンに刻印を打ち、重量を保証した。
- 帰結
- 交換のたびに秤量する必要がなくなり、貨幣の使用が地中海世界に広がった。
- 場所
- サルディス
前594年ヨーロッパ政治・国家およそソロンの改革
アテネで債務奴隷が禁止され、財産に応じた政治参加が定められた。
- 場所
- アテネ
前586年〜前538年西アジア・中東政治・国家バビロン捕囚
ユダ王国の住民がバビロンへ移送された。
- 背景
- 新バビロニアがユダ王国を滅ぼし、住民を移送した。
- 帰結
- 神殿を失った状況で聖典の編纂が進み、ユダヤ教の形が定まったとされる。
- 場所
- バビロン
前563年南アジア・東南アジア宗教・思想諸説ありゴータマ・シッダールタの生誕
生没年には複数の説がある(前563年説・前463年説など)。
- 背景
- ガンジス川流域で都市と商業が発達し、バラモンの祭式に依らない思想が各地に現れていた。
- 帰結
- 出家者の教団が形成され、のちにアショーカ王の支援で南アジアの外へ広がった。
- 場所
- ルンビニ
- 出典
- Encyclopaedia Britannica「Buddha」— 生没年に南伝・北伝の複数説があることの記述
前551年東アジア宗教・思想およそ孔子の生誕
魯の出身。後に儒家の祖とされた。
- 背景
- 周王の権威が衰え、諸侯が実力で争う春秋時代にあたる。
- 帰結
- 弟子による言行の記録が『論語』にまとめられ、漢代以降の官学の基礎となった。
- 場所
- 曲阜
前550年西アジア・中東宗教・思想諸説ありゾロアスター教の成立
開祖の活動年代には前1000年頃までさかのぼる説もある。
- 背景
- 善と悪の二つの原理の対立という枠組みを説いた。
- 帰結
- 救世主・最後の審判などの観念が、のちの一神教に影響したと論じられている。
- 場所
- バクトリア
- 出典
- Encyclopaedia Britannica「Zoroastrianism」— 開祖の活動年代に前1000年頃までさかのぼる説があることの記述
前550年〜前330年西アジア・中東政治・国家およそアケメネス朝ペルシア
西アジアからエジプト・インダスに及ぶ広域を統治した。
- 背景
- メディアを倒したキュロス2世が、リディア・バビロニアを相次いで征服した。
- 帰結
- 州制・駅伝・貨幣による広域統治の手法が確立し、のちの諸帝国に引き継がれた。
- 場所
- ペルセポリス
- 出典
- UNESCO世界遺産「Persepolis」
前539年西アジア・中東政治・国家キュロス2世のバビロン征服
捕囚民の帰還が認められた。
- 場所
- バビロン
前528年南アジア・東南アジア宗教・思想およそ仏教教団の成立
ゴータマの説法開始とされる時期。年代は生没年の説に依存する。
- 背景
- バラモンの祭式と身分秩序によらない実践が説かれた。
- 帰結
- 出家者と在家信者からなる教団が形成され、商人層の支持を得て広がった。
- 場所
- サールナート
- 出典
- UNESCO世界遺産「Mahabodhi Temple Complex at Bodh Gaya」
前518年西アジア・中東政治・国家およそダレイオス1世の統治機構整備
州制・王の道・貨幣制度が整えられた。
- 場所
- スサ
前509年ヨーロッパ政治・国家およそローマ共和政の開始
王政の終了と執政官制の成立として伝えられる。
- 背景
- 王を追放し、任期1年の執政官2名が統治する体制がとられた。
- 帰結
- 元老院と民会が並立し、身分闘争を経て平民の権利が段階的に拡大した。
- 場所
- ローマ
前508年ヨーロッパ政治・国家クレイステネスの改革
アテネでデーモスを基礎とする制度が整えられた。
- 背景
- 血縁による部族制を、地域を単位とする区分に置き換えた。
- 帰結
- 貴族の勢力基盤が弱まり、市民が直接参加する政治の枠組みが整った。
- 場所
- アテネ
前500年南アジア・東南アジア宗教・思想およそジャイナ教の成立
ヴァルダマーナ(マハーヴィーラ)が教団をまとめた。教団の伝承では先行する系譜を受け継いだとされる。
- 場所
- ヴァイシャーリー
前500年南アジア・東南アジア政治・国家およそ十六大国の並立
ガンジス川流域で都市国家が抗争し、のちマガダ国が優位に立った。
- 場所
- マガダ(ガンジス中流域)
前500年〜100年南アジア・東南アジア文化・芸術およそドンソン文化
ベトナム北部。青銅の銅鼓が東南アジア各地に広がった。
- 場所
- タインホア(ベトナム北部)
前500年〜前449年ヨーロッパ戦争・紛争ペルシア戦争
アケメネス朝とギリシア諸ポリスの戦い。
- 背景
- 小アジアのギリシア系都市の反乱をアテネが支援したことが発端となった。
- 帰結
- アテネが海軍力を背景にデロス同盟を主導し、民主政と文化が最も活発な時期を迎えた。
- 場所
- ギリシア
前500年〜500年南北アメリカ文化・芸術およそナスカの地上絵
乾燥した台地の表土を除き、数キロに及ぶ動物と直線が描かれた。
- 背景
- 降雨が極端に少ない気候が、地表の描画を長期間保存した。
- 帰結
- 用途は水源との関係や儀礼の場など複数の説があり、確定していない。
- 場所
- ナスカ(ペルー)
- 出典
- UNESCO World Heritage Centre「Lines and Geoglyphs of Nasca and Palpa」
前500年〜800年南北アメリカ政治・国家およそモンテ・アルバンの都市
オアハカ盆地の丘上に営まれた祭祀と行政の中心。
前490年ヨーロッパ戦争・紛争マラトンの戦い
アテネ軍がペルシア軍を撃退した。
- 場所
- マラトン
前480年ヨーロッパ戦争・紛争サラミスの海戦
ギリシア連合艦隊がペルシア艦隊を破った。
- 背景
- 狭い海峡に誘い込み、数に勝るペルシア艦隊が隊形を展開できない状況で戦った。
- 帰結
- 漕ぎ手を務めた無産市民の発言力が高まったとされ、アテネの民主政の担い手が広がった。
- 場所
- サラミス島
前443年〜前429年ヨーロッパ政治・国家ペリクレスの指導期
アテネで民会中心の政治が最も広く機能した時期。
- 背景
- デロス同盟の資金がアテネに集められた。
- 帰結
- パルテノン神殿が建てられ、悲劇と歴史叙述が最も盛んな時期となった。
- 場所
- アテネ
- 出典
- UNESCO世界遺産「Acropolis, Athens」
前431年〜前404年ヨーロッパ戦争・紛争ペロポネソス戦争
アテネとスパルタを軸とする長期戦。アテネが敗れた。
- 背景
- デロス同盟を率いるアテネの勢力拡大に、スパルタを中心とする勢力が対抗した。
- 帰結
- ポリス相互の消耗が続き、のちにマケドニアによる統合を許す状況が生まれた。
- 場所
- ギリシア
前430年ヨーロッパ文化・芸術およそヘロドトス『歴史』
ペルシア戦争を主題とする散文の歴史叙述。
- 場所
- ボドルム(ハリカルナッソス)
前403年〜前221年東アジア政治・国家およそ戦国時代
七雄が並立し、鉄製農具と貨幣経済が広がった。
- 背景
- 晋が韓・魏・趙に分かれ、周王がこれを諸侯として認めた。以後、有力7国が並び立ち、前4世紀後半には各国が王を称するようになった。
- 帰結
- 富国強兵のため人材が広く登用され、諸子百家の思想が競い合った。
- 場所
- 中原(黄河中下流域)
前399年ヨーロッパ宗教・思想ソクラテスの刑死
アテネの裁判で死刑判決を受けた。
- 背景
- 神々を敬わず若者を惑わしたとして告発された。
- 帰結
- 弟子のプラトンが著作を通じてその問答を伝え、西洋哲学の出発点となった。
- 場所
- アテネ
前387年ヨーロッパ文化・芸術およそプラトンのアカデメイア設立
以後900年余り存続した教育機関。
- 場所
- アテネ
前336年ヨーロッパ政治・国家アレクサンドロス3世の即位
マケドニア王位を継承した。
- 場所
- ペラ
前334年〜前323年西アジア・中東戦争・紛争アレクサンドロス3世の東方遠征
マケドニアからインダス川流域に至る軍事行動。
- 背景
- 父フィリッポス2世がギリシア諸ポリスを統合し、遠征の準備を整えていた。
- 帰結
- ギリシア語と西アジア・エジプトの文化が接触するヘレニズムの状況が生まれた。
- 場所
- 西アジア
前323年〜前30年西アジア・中東政治・国家ヘレニズム諸王国の分立
セレウコス朝・プトレマイオス朝・アンティゴノス朝が並立した。
- 背景
- アレクサンドロスの死後、後継者たちが領土を分割した。
- 帰結
- ギリシア語が広域の共通語となり、自然科学と個人の生き方を問う哲学が発達した。
- 場所
- 東地中海
前321年〜前185年南アジア・東南アジア政治・国家およそマウリヤ朝
南端を除くインド亜大陸の大半を統合した最初の王朝。
- 背景
- アレクサンドロスの遠征後の混乱のなかでチャンドラグプタが台頭した。
- 帰結
- アショーカ王のもとで詔勅が各地に刻まれ、仏教が国外へ伝えられた。
- 場所
- パータリプトラ(パトナ)
前300年ヨーロッパ科学・技術およそエウクレイデス『原論』
公理から命題を導く体系的な幾何学書。
- 背景
- それまでの幾何学の知見が定義と公理から整理された。
- 帰結
- 論証の手本として2000年以上教科書に用いられ、近代科学の記述形式の基礎となった。
- 場所
- アレクサンドリア
前300年アフリカ文化・芸術およそアレクサンドリアのムセイオンと図書館
地中海世界の学術が集積した。
- 背景
- プトレマイオス朝が学者を招き、写本の収集を国家事業とした。
- 帰結
- 天文学・数学・医学・文献学が発達し、地球の大きさの測定なども行われた。
- 場所
- アレクサンドリア
前300年〜350年アフリカ政治・国家およそメロエ王国
ナイル中流。製鉄が行われ、独自のメロエ文字が用いられた。
前300年日本科学・技術およそ青銅器と鉄器の伝来
武器の形で伝わった青銅器はのちに大型化して祭りの道具となり、鉄器は工具や武器として広まった。
- 場所
- 北部九州
前268年南アジア・東南アジア宗教・思想およそアショーカ王による仏教の対外伝道
スリランカなどへ使節が送られた。
- 場所
- パータリプトラ(パトナ)
前268年〜前232年南アジア・東南アジア政治・国家およそマウリヤ朝アショーカ王の治世
石柱・磨崖に詔勅が刻まれた。
- 背景
- カリンガ征服の後、統治の方針を転換したと詔勅に記されている。
- 帰結
- 石柱と磨崖に複数の言語で詔勅が刻まれ、当時の統治の記録として残った。
- 場所
- パータリプトラ(パトナ)
- 出典
- UNESCO世界遺産「Buddhist Monuments at Sanchi」
前264年〜前241年ヨーロッパ戦争・紛争第1次ポエニ戦争
ローマとカルタゴがシチリアをめぐって戦った。
- 背景
- シチリアのメッシナをめぐる紛争に双方が介入したことが発端となった。
- 帰結
- ローマが艦隊を建設して勝利し、初めて海外に属州を得た。
- 場所
- シチリア島
前250年〜1400年アフリカ政治・国家およそジェンネ・ジェノの都市
ニジェール川内陸デルタに営まれた、サハラ以南で最古級の都市。
- 場所
- ジェンネ・ジェノ
- 出典
- UNESCO世界遺産「Old Towns of Djenné」
前221年東アジア政治・国家秦による中国の統一
度量衡・文字・貨幣の統一が行われた。
- 背景
- 戦国の諸国のうち、法家の政策で軍事と行政を整えた秦が他国を併合した。
- 帰結
- 郡県制・度量衡・文字の統一が行われ、以後2000年の中国の統治の枠組みとなった。
- 場所
- 咸陽
- 出典
- UNESCO世界遺産「Mausoleum of the First Qin Emperor(兵馬俑坑を含む)」
前218年〜前201年ヨーロッパ戦争・紛争第2次ポエニ戦争
ハンニバルのイタリア侵入とザマの戦いを含む。
- 背景
- 第1次戦争でシチリアを失ったカルタゴが、イベリア半島に勢力を築いていた。
- 帰結
- ローマが西地中海の覇権を確立し、属州からの富の流入が社会の構造を変えた。
- 場所
- イタリア半島
前214年〜前206年東アジア経済・交易およそ万里の長城の修築
戦国諸国の長城を連結し、北方の遊牧勢力に備えた。
- 場所
- 万里の長城
- 出典
- UNESCO世界遺産「The Great Wall」
前213年東アジア政治・国家秦による書物の統制
前213年に医薬・占い・農業以外の書が焼かれ、翌年には批判した学者が処刑されたと伝えられる。
- 場所
- 咸陽
前209年〜前208年東アジア戦争・紛争陳勝・呉広の乱
記録に残る中国最初の大規模な農民反乱。
- 場所
- 大沢郷(安徽省宿州)
前209年〜216年東アジア政治・国家およそ匈奴
モンゴル高原の遊牧国家。冒頓単于のもとで勢力を広げ、のち南北に分かれた。
- 背景
- 戦国期以来、北方の遊牧勢力と農耕地帯が接していた。
- 帰結
- 漢は和親と遠征を繰り返し、西域への関与を強めた。
- 場所
- モンゴル高原
前206年東アジア政治・国家秦の滅亡
統一から15年で瓦解した。
- 場所
- 咸陽
前202年〜220年東アジア政治・国家漢
郡県制と儒学の官学化が進んだ。新の時期を挟む。
- 背景
- 秦の急速な統制への反発から生じた反乱を経て成立した。
- 帰結
- 儒学が官学とされ、西域への交通路が開かれて東西の物資と情報が往来した。
- 場所
- 西安(長安)
前202年〜前46年アフリカ政治・国家およそヌミディア王国
北アフリカ。ポエニ戦争の前後に台頭し、のちローマの属州とされた。
- 場所
- キルタ(コンスタンティーヌ)
前146年ヨーロッパ戦争・紛争カルタゴの滅亡とギリシアのローマ支配下入り
ローマが地中海の広域を支配下に置いた。
- 背景
- 同じ年に西でカルタゴが、東でコリントスが破壊された。
- 帰結
- 地中海がローマの内海となり、属州からの富と奴隷が流入した。
- 場所
- カルタゴ
前141年〜前87年東アジア政治・国家前漢・武帝の治世
匈奴への遠征と中央集権化が進んだ。
- 背景
- 建国以来続いた対匈奴の融和策を転換し、攻勢に出た。
- 帰結
- 西域への交通路が開かれる一方、遠征の費用をまかなうため専売制と増税が行われた。
- 場所
- 西安(長安)
前139年〜前126年東アジア経済・交易張騫の西域派遣
東西を結ぶ交通路の情報がもたらされた。
- 背景
- 匈奴に対抗する同盟相手を求めて派遣された。
- 帰結
- 同盟は成立しなかったが、西方の情報がもたらされ交易路が開かれた。
- 場所
- 中央アジア(西域)
- 出典
- UNESCO世界遺産「Silk Roads: the Routes Network of Chang'an-Tianshan Corridor」
前136年東アジア宗教・思想儒学の官学化
五経博士が置かれ、官吏登用と学問の基準となった。
- 背景
- 秦の法家的な統制への反省から、統治の理念が模索されていた。
- 帰結
- 官吏の選抜と教育の基準となり、20世紀初頭まで中国の政治文化の中核であり続けた。
- 場所
- 西安(長安)
前133年〜前121年ヨーロッパ政治・国家グラックス兄弟の改革
土地の再分配を試みたが、いずれも殺害された。
- 場所
- ローマ
前119年東アジア経済・交易塩・鉄の専売
遠征の財源を確保するため、政府が生産と流通を管理した。
- 場所
- 長安(西安)
前108年東アジア政治・国家楽浪郡の設置
朝鮮半島北部が漢の郡県に組み込まれた。
- 場所
- 平壌
前100年南アジア・東南アジア経済・交易およそ季節風を利用したインド洋交易
ローマとインドを結ぶ海上交易が定期化した。
- 背景
- 夏冬で向きが変わる風を利用し、往復の航海が計画できるようになった。
- 帰結
- ローマの金貨が南インドで出土するなど、遠距離交易の規模が拡大した。
- 場所
- インド洋
前100年〜400年南北アメリカ文化・芸術およそホープウェル文化
北米東部。墳丘の造営と、広域にわたる素材の交換で知られる。
- 場所
- オハイオ(北米東部)
前100年日本宗教・思想およそ銅鐸の埋納
近畿から東海・山陰にかけて分布し、まとめて埋められた例が知られる。島根の加茂岩倉遺跡では39個が一括して出土した。用途には諸説がある。
- 場所
- 加茂岩倉遺跡(島根)
前97年東アジア文化・芸術およそ司馬遷『史記』
紀伝体による通史。以後の正史の形式を定めた。
- 背景
- 父の遺志を継ぎ、宮刑を受けた後も執筆を続けた。
- 帰結
- 本紀・列伝などの形式が以後の中国の歴史叙述の標準となった。
- 場所
- 西安(長安)
前73年〜前71年ヨーロッパ戦争・紛争スパルタクスの蜂起
剣闘士と奴隷による大規模な反乱。
- 場所
- カプア
前60年東アジア政治・国家西域都護府の設置
タリム盆地の諸都市が漢の統制下に入った。
- 場所
- タリム盆地
前60年ヨーロッパ政治・国家第1回三頭政治
カエサル・ポンペイウス・クラッススによる私的な政治同盟。
- 場所
- ローマ
前44年ヨーロッパ政治・国家カエサルの暗殺
元老院で殺害された。
- 背景
- 終身独裁官となり、王位を狙うとみなされた。
- 帰結
- 内乱を経てオクタウィアヌスが実権を握り、帝政へ移行した。
- 場所
- ローマ
前30年アフリカ政治・国家プトレマイオス朝の滅亡
エジプトがローマの属州となった。
- 背景
- アクティウムの海戦での敗北の後、クレオパトラ7世が没した。
- 帰結
- 3000年続いたエジプトの王朝支配が終わり、ローマの穀倉となった。
- 場所
- アレクサンドリア
前27年ヨーロッパ政治・国家ローマ帝政の開始
オクタウィアヌスがアウグストゥスの称号を受けた。
- 背景
- 内乱が1世紀近く続いた末、オクタウィアヌスが軍と元老院の支持を得て実権を握った。
- 帰結
- 以後約200年にわたり地中海世界で戦乱の少ない時期が続き、都市と交易網が発達した。
- 場所
- ローマ
1年〜600年南北アメリカ政治・国家およそテオティワカンの繁栄
メキシコ高原の計画都市。最盛期の人口は10万を超えたとされる。
- 背景
- 計画的な街路と、太陽・月のピラミッドを備えた都市が営まれた。
- 帰結
- 建設者の民族は特定されていない。のちのメソアメリカ諸文明に強い影響を残した。
- 場所
- テオティワカン(メキシコ)
- 出典
- UNESCO世界遺産「Pre-Hispanic City of Teotihuacan」
8年〜23年東アジア政治・国家新の建国
王莽が漢を廃して即位したが、短期間で崩壊した。
- 場所
- 長安(西安)
25年〜220年東アジア政治・国家後漢
洛陽を都とし、豪族が力を持った。
- 背景
- 王莽の新が倒れた後、劉秀が漢を再興した。
- 帰結
- 豪族が大土地を所有し、後半には宦官と外戚の抗争が続いた。
- 場所
- 洛陽
30年西アジア・中東宗教・思想諸説ありナザレのイエスの処刑
年代は30年頃または33年頃とされ、確定していない。
- 背景
- ローマの属州となったユダヤでは、複数の宗教運動が並存していた。
- 帰結
- 弟子による活動が地中海各地へ広がり、4世紀にローマ帝国の国教とされた。
- 場所
- エルサレム
- 出典
- Encyclopaedia Britannica「Jesus」— 処刑年を30年頃または33年頃とする記述
50年〜240年南アジア・東南アジア政治・国家およそクシャーナ朝
中央アジアと北インドを結び、東西交易の要となった。
- 背景
- 中央アジアから北インドに至る交易路の要衝を押さえた。
- 帰結
- 仏像の制作が始まり、仏教が中央アジアを経て東アジアへ伝わる経路が開かれた。
- 場所
- プルシャプラ(ペシャーワル)
57年日本政治・国家倭の奴国王の朝貢
後漢から印綬を受けたと『後漢書』に記される。志賀島出土の金印「漢委奴國王」がこれにあたるとされる。
- 場所
- 志賀島(福岡)
79年ヨーロッパ災害・疫病ヴェスヴィオ火山の噴火
ポンペイとヘルクラネウムが埋没した。
- 背景
- 火砕流と火山灰が周辺の都市を短時間で覆った。
- 帰結
- 建物と生活の痕跡が当時のまま残り、古代都市の実態を知る資料となった。
- 場所
- ヴェスヴィオ山
- 出典
- UNESCO世界遺産「Archaeological Areas of Pompei, Herculaneum and Torre Annunziata」
96年〜180年ヨーロッパ政治・国家五賢帝時代
ローマ帝国の版図が最大に達した時期を含む。
- 背景
- 血縁でなく能力による後継者の指名が続いた。
- 帰結
- 版図が最大となり、地中海世界で長期の平和が保たれた時期とされる。
- 場所
- ローマ
100年南アジア・東南アジア文化・芸術およそガンダーラ美術
ヘレニズムの造形を取り入れた仏像が作られた。
- 背景
- ギリシア風の写実的な人体表現が仏教の主題に用いられた。
- 帰結
- それまで象徴で表されていた釈迦が人の姿で表され、東アジアへ伝わった。
- 場所
- ガンダーラ
100年〜940年アフリカ政治・国家およそアクスム王国
エチオピア高原の王国。紅海交易に関わり、独自の貨幣を発行した。
- 背景
- 紅海を通じてローマ・インドと結ぶ交易路の上にあった。
- 帰結
- 独自の貨幣を発行し、4世紀にキリスト教を受け入れた。
- 場所
- アクスム
- 出典
- UNESCO世界遺産「Aksum」
100年〜700年南北アメリカ文化・芸術およそモチェ文化
ペルー北海岸。灌漑農耕を営み、写実的な土器と金属工芸を残した。
- 場所
- トルヒーヨ(ペルー北海岸)
105年東アジア科学・技術蔡倫による製紙法の改良
後漢。植物繊維を用いる製法が記録された。
- 背景
- 樹皮・麻布・漁網などを原料とし、安価な製法が確立した。
- 帰結
- 木簡・竹簡に代わる記録媒体となり、8世紀に西方へ伝わった。
- 場所
- 洛陽
132年〜135年西アジア・中東戦争・紛争バル・コクバの乱
ローマ帝国が反乱を鎮圧し、ユダヤ人のイェルサレム居住を制限した。
- 場所
- ユダヤ地方
150年アフリカ科学・技術およそプトレマイオス『アルマゲスト』
地球中心の天体運行モデルを体系化した。
- 場所
- アレクサンドリア
166年東アジア政治・国家大秦王安敦の使者の来着
『後漢書』に記された地中海世界との接触記録。
- 場所
- 洛陽
184年東アジア戦争・紛争黄巾の乱
後漢の統治が動揺する契機となった。
- 場所
- 鉅鹿(河北省)
192年〜1832年南アジア・東南アジア政治・国家およそチャンパー
ベトナム中部に成立したチャム人の政体。
- 場所
- ミーソン(ベトナム中部)
200年〜600年南アジア・東南アジア政治・国家およそ扶南
メコン川下流の港市国家。オケオ遺跡が知られる。
- 場所
- オケオ(メコン下流)
208年東アジア戦争・紛争赤壁の戦い
曹操の軍が長江で孫権・劉備の連合軍に敗れ、三国分立の状況が固まった。
- 場所
- 赤壁(湖北省)
220年〜280年東アジア政治・国家三国の分立
魏・蜀・呉が並立した。
- 背景
- 後漢末の混乱のなかで、有力な軍事集団が各地に割拠した。
- 帰結
- 江南の開発が進み、以後の中国の経済の重心が南へ移る起点となった。
- 場所
- 中国
224年〜651年西アジア・中東政治・国家ササン朝ペルシア
ゾロアスター教を国家の宗教とし、ローマと長く対峙した。
- 背景
- パルティアを倒し、アケメネス朝の後継を称した。
- 帰結
- ローマ・東ローマと400年にわたり対峙し、東西交易の中継を担った。
- 場所
- クテシフォン
235年〜284年ヨーロッパ政治・国家軍人皇帝時代
各地の軍団が皇帝を擁立し、帝国が動揺した。
- 場所
- ローマ帝国
239年日本政治・国家諸説あり邪馬台国の遣使
卑弥呼が魏に使者を送り、親魏倭王の称号と銅鏡を受けたと『魏志』に記される。原文は景初二年(238年)とし、239年とする異説もある。
- 場所
- 日本(所在地は諸説)
- 出典
- 『三国志』魏書 烏丸鮮卑東夷伝 倭人条(景初二年=238年と記す)/『梁書』諸夷伝 倭条(景初三年=239年とする)
250年〜900年南北アメリカ政治・国家およそマヤ古典期
文字・暦・数学を備えた都市国家群が並立した。
- 背景
- 石灰岩台地の低地に、水利を整えた都市国家が多数成立した。
- 帰結
- 独自の文字体系と精密な暦が発達し、天文観測の記録が石碑に残された。
- 場所
- マヤ低地(ペテン地方)
250年〜300年日本人類・社会およそ前方後円墳の出現
奈良盆地を中心に大型の前方後円墳が築かれ、同じ形式の古墳が各地に広がった。
- 背景
- 各地の首長のあいだに、埋葬の形式を共有する関係が生まれていた。
- 帰結
- 古墳の規模と副葬品の差が、政治的な序列を示すものとして残った。
- 場所
- 奈良盆地
- 出典
- UNESCO世界遺産「Mozu-Furuichi Kofun Group: Mounded Tombs of Ancient Japan」
280年東アジア政治・国家晋による中国の統一
三国時代が終結した。
- 場所
- 洛陽
284年ヨーロッパ政治・国家ディオクレティアヌスの統治改革
即位。以後、正帝・副帝各2名による統治(293年)と徴税制度の再編が進められた。
- 場所
- イズミット(ニコメディア)
291年〜306年東アジア戦争・紛争八王の乱
晋の皇族間の内戦。北方勢力の華北進出につながった。
- 場所
- 洛陽
300年〜600年日本政治・国家およそヤマト政権の形成
近畿の勢力を中心に、各地の豪族を氏姓の秩序で束ねる政権がまとまった。
- 背景
- 鉄資源と先進の技術を朝鮮半島との交渉に頼っていた。
- 帰結
- 6世紀には国造の設置や屯倉の経営が進み、のちの国家の枠組みにつながった。
- 場所
- 近畿地方(奈良盆地)
304年〜439年東アジア政治・国家五胡十六国時代
華北で北方系の諸勢力が興亡した。
- 背景
- 匈奴・鮮卑など北方の諸集団が華北に政権を立てた。
- 帰結
- 漢人が江南へ大量に移住し、南北で異なる社会が並立した。
- 場所
- 華北
313年ヨーロッパ宗教・思想ミラノ勅令
ローマ帝国内でキリスト教を含む信仰が公認された。
- 背景
- 迫害を経ても信徒が増え続けていた状況があった。
- 帰結
- 教会が財産を回復し、以後ローマ帝国の統治と結びついていった。
- 場所
- ミラノ
317年〜420年東アジア政治・国家東晋
江南に亡命政権が成立し、以後南朝が続いた。
- 場所
- 建康(南京)
320年〜550年南アジア・東南アジア政治・国家およそグプタ朝
数学・文学が発達し、十進法の記数法が整えられた。
- 背景
- クシャーナ朝の後に分裂していた北インドが、再び一つの王朝のもとに統合された。
- 帰結
- ゼロを含む十進法の記数法が整えられ、のちに西アジアを経てヨーロッパへ伝わった。
- 場所
- パータリプトラ(パトナ)
- 出典
- UNESCO世界遺産「Ajanta Caves」
325年ヨーロッパ宗教・思想ニケーア公会議
キリスト教の教義が公会議で定められた最初の例。
- 背景
- キリストの位置づけをめぐる論争が各地に広がっていた。
- 帰結
- 子は父と同一本質であるとされ、公会議が教義決定の手続きとして確立した。三位一体の定式化は381年の公会議による。
- 場所
- イズニク
330年ヨーロッパ政治・国家コンスタンティノープルへの遷都
帝国の重心が東方へ移った。
- 背景
- 東方の経済力と、対ペルシア防衛の必要が背景にあった。
- 帰結
- 海峡に面した堅固な立地により、以後1000年以上にわたり存続した。
- 場所
- イスタンブール
350年アフリカ宗教・思想およそアクスム王国のキリスト教受容
現在のエチオピア。国家として早期に受容した例。
- 背景
- 紅海交易を通じて地中海世界と結びついていた。
- 帰結
- エチオピア正教会として独自の伝統が現在まで続いている。
- 場所
- アクスム(エチオピア)
- 出典
- UNESCO世界遺産「Aksum」
372年東アジア宗教・思想仏教の朝鮮半島伝来
高句麗に伝えられ、のち百済・新羅へ広がった。
- 場所
- 国内城(吉林省集安)
375年〜568年ヨーロッパ人類・社会およそゲルマン諸集団の移動
西ローマ帝国領内への大規模な人口移動。
- 背景
- フン人の西進に押される形で、複数の集団が移動を開始した。
- 帰結
- 西ローマ帝国領内に諸王国が成立し、中世ヨーロッパの枠組みが形づくられた。
- 場所
- ヨーロッパ
383年東アジア戦争・紛争淝水の戦い
前秦の苻堅の軍を東晋が退け、南北の分立が続いた。
- 場所
- 淝水(安徽省寿県)
386年〜534年東アジア政治・国家北魏
鮮卑系の王朝が華北を統一し、仏教美術が発展した。
- 背景
- 華北を統一し、遊牧民の慣行と中国の制度の調整が課題となった。
- 帰結
- 均田制が定められ、雲岡・龍門の石窟が造営された。
- 場所
- 大同(平城)
392年ヨーロッパ宗教・思想キリスト教の国教化
ローマ帝国で他の祭祀が禁止された。
- 背景
- 4世紀を通じて信徒が増え、皇帝権と教会が接近していた。
- 帰結
- 他の祭式が禁じられ、古代地中海の多神教の伝統が公的な場から退いた。
- 場所
- ローマ
395年ヨーロッパ政治・国家ローマ帝国の東西分割
以後、両者は別個に統治された。
- 背景
- 3世紀以降、帝国は東西で経済力と軍事的な条件が大きく異なっていた。
- 帰結
- 東は1453年まで存続し、西は5世紀に統治機構を失った。
- 場所
- ローマ帝国(地中海世界)
399年〜412年東アジア宗教・思想法顕のインド旅行
陸路で往き海路で帰国し、旅行記『仏国記』を残した。
- 場所
- 長安(西安)からインドへの旅路
400年〜600年日本人類・社会およそ渡来人による技術と文字の伝来
須恵器、機織り、金属加工、漢字の使用などが伝えられた。
- 場所
- 日本全国
410年ヨーロッパ戦争・紛争西ゴート人によるローマ略奪
800年ぶりに市が占領された。
- 場所
- ローマ
421年〜478年日本政治・国家倭の五王の遣使
中国の南朝に讃・珍・済・興・武の名で使者が送られたと『宋書』に記される。
- 場所
- 大和(奈良)
439年アフリカ政治・国家ヴァンダル王国のカルタゴ占領
北アフリカの穀倉が西ローマから離れた。
- 場所
- カルタゴ
450年日本人類・社会およそ大仙陵古墳の築造
堺。墳丘の長さは約486mとされてきたが、近年の測量では約525mとされる。日本列島で最大の古墳。被葬者は確定していない。
451年ヨーロッパ戦争・紛争カタラウヌムの戦い
ローマ・西ゴート連合軍とフン軍が交戦した。
- 場所
- シャロン=アン=シャンパーニュ
451年ヨーロッパ宗教・思想カルケドン公会議
この決定をめぐり東方諸教会の一部が分立した。
- 場所
- カドゥキョイ(カルケドン)
451年アフリカ宗教・思想およそコプト教会の分立
カルケドン公会議の決定をめぐり、エジプトの教会が別の道を歩んだ。
- 場所
- アレクサンドリア
471年日本文化・芸術およそ稲荷山古墳出土鉄剣の銘
「辛亥年」の銘と115文字。辛亥年は471年とする説が有力だが、531年とする説もある。
476年ヨーロッパ政治・国家西ローマ帝国皇帝の廃位
ロムルス・アウグストゥルスの退位。東ローマ帝国は存続した。
- 背景
- ゲルマン系の軍が実質的な主力となり、皇帝の擁立と廃位を左右していた。
- 帰結
- 西ヨーロッパで諸王国が並立し、ローマ教会が広域に共通する枠組みとして残った。
- 場所
- ラヴェンナ
481年ヨーロッパ政治・国家フランク王国の成立
クローヴィスがサリ・フランクの王位を継いだ。以後510年代までにガリアの大半を統合した。
- 背景
- 西ローマ崩壊後のガリアで、複数の勢力が並立していた。
- 帰結
- ローマ系住民と同じ信仰を選んだことで、在地社会との統合が進んだ。
- 場所
- トゥルネー
485年東アジア経済・交易北魏の均田制
国家が農民に土地を割り当てる制度。隋唐に継承された。
- 背景
- 戦乱で荒廃した華北の農地を再開発し、税を確保する必要があった。
- 帰結
- 隋・唐に受け継がれ、日本の班田収授法にも影響した。
- 場所
- 大同(平城)
494年東アジア政治・国家北魏の洛陽遷都
言語・服装・姓を中国風に改める政策がとられた。
- 場所
- 洛陽
496年ヨーロッパ宗教・思想およそクローヴィスの改宗
アタナシウス派を受け入れ、ローマ系住民の支持を得た。
- 場所
- ランス
世界人口の推計(百万人)
1950年以前は研究者によって推計に幅があります。下限のみが示されている年もあります。
| 年 | 推計(百万人) |
|---|---|
| 前10000年 | 1〜10 |
| 前8000年 | 5(下限のみ) |
| 前6500年 | 5〜10 |
| 前5000年 | 5〜20 |
| 前4000年 | 7(下限のみ) |
| 前3000年 | 14(下限のみ) |
| 前2000年 | 27(下限のみ) |
| 前1000年 | 50(下限のみ) |
| 前500年 | 100(下限のみ) |
| 前400年 | 162(下限のみ) |
| 前200年 | 150〜231 |
| 1年 | 170〜400 |
| 200年 | 190〜256 |
| 400年 | 190〜206 |