世界歴史年表

気候は人をどう動かしたか

年表の「災害・疫病」には、噴火や地震のような一日で終わる出来事と、何千年も続いた気候の変化が、同じ分類で入っています。時間の幅がまるで違うものが並んでいるわけです。この分類だけを表示して、気候に関わる項目を追いながら、それが人の動きとどう並んでいるかを見ていきましょう。

いちばん長い項目

約7万4000年前、南アジアの行にトバ火山の巨大噴火。約2万年前、世界規模の行に最終氷期最盛期。前1万2900年から前1万1700年にヤンガードリアス期の寒冷化。約1万1000年前に更新世末の大型動物の絶滅。これらは一つの出来事というより、長く続いた状態です。年表では開始の年を点で置き、幅のあることを「およそ」で示しています。

氷期と、人の広がり

最終氷期最盛期の前後に、人の移動の項目が並びます。約6万5000年前のオーストラリア大陸への人類の到達、約4万5000年前のホモ・サピエンスのヨーロッパ到達、約1万6000年前のアメリカ大陸への人類の拡散。海面が低い時期には、いまは海の下にある陸地が通路になりました。オセアニアの行にあるサフル大陸への拡散は、オーストラリアとニューギニアが陸続きだった時期の呼び名です。年表では気候と移動を別の項目として置いていますが、縦に並べると時期の重なりが見えます。

一日で終わる災害

79年、ヨーロッパの行にヴェスヴィオ火山の噴火。ポンペイが埋まり、結果として当時の都市の姿が後世に残りました。1657年、日本の行に明暦の大火。1995年に阪神・淡路大震災、2011年に東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故。2004年には南アジアの行にスマトラ島沖地震とインド洋津波。これらは発生の年月日が特定でき、年表では「確定」として収録しています。同じ分類のなかで、年代の確かさがここまで違うのは、この分類の特徴です。

飢饉が示すもの

1782年と1833年、日本の行に天明の飢饉と天保の飢饉。1845年、ヨーロッパの行にアイルランドの大飢饉。1968年、アフリカの行にサヘルの干魃。気候や作物の病害が引き金になった項目です。ただ、同じ分類には1932年のソ連の飢饉(ホロドモール)と1959年からの大躍進政策下の飢饉も入っています。こちらは政策の決定が被害の規模に関わりました。年表ではどの項目も原因を一つに断定せず、補足で何が分かっているかを書いています。

災害の次に起きること

1833年の天保の飢饉の4年後、日本の行に大塩平八郎の乱。1905年、アフリカの行にマジ・マジの蜂起。災害や飢饉のあとに統治への反発が起きる並びは、年表のあちこちに見つかります。ただし、災害が反乱を起こしたと断定はできません。年表はその判断をせず、起きた順に並べるところまでをしています。並べたものをどう読むかは、読む人に委ねられます。

気候が、人の関与する対象になる

年表の終わりのほうを見てください。1997年、世界規模の行に京都議定書の採択。2015年にパリ協定の採択。ここでは気候が、人に降りかかるものではなく、人が関与する対象として現れます。1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故、2011年の福島第一原子力発電所の事故も、災害と人の決定が重なった項目です。「災害・疫病」の分類は、現代に近づくほど、この二つの性格が混ざります。

年表にない気候

ここで、年表に載っていないものの話をします。中世温暖期や小氷期のような、数百年単位の気候の変動は、この年表に項目として入っていません。地域ごとに時期と程度が違い、典拠で一つの年代を定められないためです。年表は「確認できないことは書かない」という方針なので、こうした変動は空白のままになっています。空白は、何もなかったという意味ではありません。年表の限界として、ここに記しておきます。

年表を読むときに

気候に関わる項目は、年代の幅が特に大きくなります。「前1万2900年から前1万1700年」のように期間で示したものもあれば、「約2万年前」のように中心だけを置いたものもあります。それから、年表の横軸は先史の区間だけ対数の目盛です。この区間の項目の間隔は、実際の時間の長さと比例しません。拡大して読むときは、そこにご注意ください。

この読み物で取り上げた出来事(25件)

年表に収録している項目です。出来事名を押すと、年表のその位置が開きます。補足・背景・帰結・出典は時代別のページに載せています。

年代地域出来事
前74000年南アジア・東南アジアトバ火山の巨大噴火
スマトラ島。人類集団への影響の大きさには議論がある。
前65000年オセアニアオーストラリア大陸への人類の到達
マジェドベベ遺跡の年代測定では約6万5千年前とされるが、年代には研究者間で幅がある。
前65000年オセアニアサフル大陸(豪州・ニューギニア)への拡散
海峡を越える航海を伴った。到達年代には約6万5千年前から5万年前まで研究者間で幅がある。
前45000年ヨーロッパホモ・サピエンスのヨーロッパ到達
ブルガリア・バチョキロ洞窟などの年代測定による。
前20000年世界規模最終氷期最盛期
海水準が現在より約120m低下し、大陸棚が陸化した。
前16000年南北アメリカアメリカ大陸への人類の拡散
ベーリンジア経由とされる。到達年代には幅がある。
前12900年〜前11700年世界規模ヤンガードリアス期の寒冷化
温暖化の途中で約1200年間、寒冷な気候に戻った。
前11000年世界規模更新世末の大型動物の絶滅
マンモスなど大型哺乳類が各大陸で減少・消滅した。
79年ヨーロッパヴェスヴィオ火山の噴火
ポンペイとヘルクラネウムが埋没した。
1657年日本明暦の大火
江戸の市街の大半が焼け、3万人以上が死亡したとされる(推計には幅がある)。以後、防火のための都市の改造が進んだ。
1782年〜1788年日本天明の飢饉
冷害と浅間山の噴火が重なり、東北を中心に多くの死者が出た。
1833年〜1839年日本天保の飢饉
凶作が続き、各地で一揆と打ちこわしが起きた。
1837年日本大塩平八郎の乱
元大坂町奉行所与力が飢饉のなかで挙兵した。半日で鎮圧されたが幕府に衝撃を与えた。
1845年〜1849年ヨーロッパアイルランドの大飢饉
ジャガイモの疫病により多数が死亡し、北米への移民が急増した。
1905年〜1907年アフリカマジ・マジの蜂起
ドイツ領東アフリカで、綿花の強制栽培などに対する広域の蜂起が起きた。ドイツ軍は村落と作物を焼く戦術で鎮圧し、これにともなう飢饉を含め7万5千〜30万人が死亡したと推計される(推計には大きな幅がある)。
1932年〜1933年ヨーロッパソ連の飢饉(ホロドモール)
農業集団化と穀物の強制的な調達のもとで飢饉が生じ、ウクライナを中心に数百万人が死亡した。
1959年〜1961年東アジア大躍進政策下の飢饉
増産政策と統計の過大報告が重なり、大規模な飢饉が生じた。死者の推計は1500万〜4500万人と幅がある。
1968年〜1974年アフリカサヘルの干魃
サハラ南縁で降水量の少ない年が続き、家畜と人に大きな被害が出た。
1986年ヨーロッパチェルノブイリ原子力発電所事故
広範囲が放射性物質で汚染された。
1995年日本阪神・淡路大震災
マグニチュード7.3の地震で6400人以上が死亡した。
1997年世界規模京都議定書の採択
先進国に温室効果ガスの削減目標が課された。
2004年南アジア・東南アジアスマトラ島沖地震とインド洋津波
沿岸諸国で20万人以上が死亡した。
2011年日本福島第一原子力発電所の事故
地震と津波により炉心が損傷し、広い範囲に避難指示が出された。
2011年日本東日本大震災
地震と津波により2万人近くが死亡・行方不明となり、原子力発電所の事故が起きた。
2015年世界規模パリ協定の採択
気候変動に関する国際的枠組み。