世界歴史年表

感染症と人口

年表で「災害・疫病」の分類だけを表示してみてください。地域の行をまたいで、項目がぽつぽつと散ります。そのうち、広い範囲に及んだ感染症の流行は4件。541年、1347年、1918年、2020年です。この4つを並べると、ある共通点が見えてきます。どれも、人の移動が平常より速く広くなっていた時期に起きている、ということです。

4つの流行

541年、ヨーロッパの行にユスティニアヌスの疫病。すぐ近くに、同じ治世のユスティニアヌス1世の治世があります。旧領の回復を進めていた最中でした。1347年のペストの大流行(黒死病)。同じ世紀には百年戦争と教会大分裂が並びます。1918年のインフルエンザの世界的流行は、世界規模の行で第一次世界大戦のすぐ隣。2020年のCOVID-19は、航空網が最も密になった時期です。

運ぶのは人と船と軍隊

ペストの大流行の少し左を見てください。1206年、世界規模の行にモンゴル帝国期のユーラシア交易網があります。東西を結ぶ道が一つの政治圏の下で通りやすくなった時期です。1918年の流行は、兵員の大規模な移動と集団生活のなかで広がりました。年表では、流行そのものと、その前提になった移動を別の項目として置いています。因果を断定する書き方はしていませんが、位置関係は見えるようにしてあります。そこから何を読むかは、読む人の側に残してあります。

南北アメリカだけは性質が違う

1518年、世界規模の行に感染症の南北アメリカへの伝播。これはほかの3件と性質が違います。天然痘をはじめとする病気が、それまで接触のなかった集団に一度に持ち込まれました。そのすぐ右を見てください。1521年のアステカ王国の滅亡、1533年のインカ帝国の滅亡。年表ではこの二つを軍事的な征服の項目として収録していますが、どちらも流行が先行または並行しています。人口がどれだけ減ったかについては研究者の推定に大きな幅があり、年表では具体的な数字を書いていません。確認できる範囲を超えて書かない、という方針によるものです。

人口の推計をあわせて見る

時代の解説ページと世紀別のページには、世界人口の推計の表があります。1950年より前の数字は研究者によって幅があり、下限しか示されていない年もあります。それでも、ペストの大流行の前後でヨーロッパの人口が減り、回復に百年以上かかったことは、複数の推計に共通して現れます。一方、20世紀は二つの世界大戦と二つの大きな流行があったにもかかわらず、世界人口は一貫して増えています。感染症の影響は、人口の総量より、地域と年齢構成のほうに強く出ます。

飢饉は別の仕組みで起きる

同じ「災害・疫病」の分類に、飢饉の項目も入っています。天明の飢饉(1782年)、天保の飢饉(1833年)、アイルランドの大飢饉(1845年)、ソ連の飢饉(1932年、ホロドモール)、大躍進政策下の飢饉(1959年から)。このうち後ろの3件は、気候や作物の病害だけでなく、政策と流通の決定が被害の規模に関わりました。感染症と飢饉は、どちらも多くの人が亡くなる出来事ですが、広がり方も、止め方も違います。年表では同じ分類に置きつつ、各項目の補足でその違いを示しています。

どこが記録されているか

ここで一度、立ち止まってみてください。「災害・疫病」の項目を地域別に数えると、ヨーロッパと世界規模の行に偏っています。流行がそこに集中したからでしょうか。そうではありません。記録がそこに残っているからです。ユスティニアヌスの疫病は東ローマ側の記録が中心で、同時期のほかの地域でどうだったかはほとんど分かっていません。ペストの大流行も、西アジアと北アフリカの被害はヨーロッパに比べて記述が少なくなります。年表の偏りは、世界の偏りではなく、記録の偏りです。

年表を読むときに

感染症の項目は、始まりの年を一点で示していますが、実際にはどれも数年から十数年にわたります。年表では開始年を置き、継続した期間がある項目には終わりの年も付けています。また、病原体の特定が後世の研究によるものである場合、その旨を補足に書いています。当時の記録に書かれた病名と、いまの病名は対応しないことがあるためです。

この読み物で取り上げた出来事(14件)

年表に収録している項目です。出来事名を押すと、年表のその位置が開きます。補足・背景・帰結・出典は時代別のページに載せています。

年代地域出来事
527年〜565年ヨーロッパユスティニアヌス1世の治世
旧西ローマ領の一部を回復した。
541年〜549年ヨーロッパユスティニアヌスの疫病
地中海世界で人口が大きく減少した腺ペストの流行。
1206年〜1368年世界規模モンゴル帝国期のユーラシア交易網
陸路の東西交通が一時的に安定した時期。
1347年〜1351年ヨーロッパペストの大流行(黒死病)
ユーラシア西部で人口が大幅に減少した。
1518年〜1600年世界規模感染症の南北アメリカへの伝播
天然痘・麻疹などが持ち込まれ、先住民の人口が大きく減少した。
1521年南北アメリカアステカ王国の滅亡
スペイン軍と現地の対抗勢力の連合、および疫病が重なった。
1533年南北アメリカインカ帝国の滅亡
内戦直後にスペイン軍が到達し、皇帝が処刑された。
1782年〜1788年日本天明の飢饉
冷害と浅間山の噴火が重なり、東北を中心に多くの死者が出た。
1833年〜1839年日本天保の飢饉
凶作が続き、各地で一揆と打ちこわしが起きた。
1845年〜1849年ヨーロッパアイルランドの大飢饉
ジャガイモの疫病により多数が死亡し、北米への移民が急増した。
1918年〜1920年世界規模インフルエンザの世界的流行
世界各地で大量の死者が記録された。
1932年〜1933年ヨーロッパソ連の飢饉(ホロドモール)
農業集団化と穀物の強制的な調達のもとで飢饉が生じ、ウクライナを中心に数百万人が死亡した。
1959年〜1961年東アジア大躍進政策下の飢饉
増産政策と統計の過大報告が重なり、大規模な飢饉が生じた。死者の推計は1500万〜4500万人と幅がある。
2020年〜2023年世界規模COVID-19の世界的流行
世界保健機関が2020年3月にパンデミックを宣言した。