お金はどこから来たか
年表で前600年あたりに合わせ、西アジアの行を見てください。リディアの鋳造貨幣。これが、この年表にある最初の「お金」の項目です。では、それ以前に取引はどうしていたのでしょうか。そして、金属の塊だったお金が、なぜいま数字だけで動くようになったのでしょうか。年表を左から右へ、お金の形をたどってみましょう。
お金より先に、帳簿があった
リディアより2700年ほど左、前3300年ごろの楔形文字の成立を思い出してください。最初の文字が記録したのは、物の出入りの帳簿でした。つまり「誰が誰にどれだけ貸している」という記録のほうが、硬貨より先にあります。前4500年ごろの銅の冶金の開始、前1000年ごろの鉄器の普及。金属を扱う技術が先にあり、それが価値の尺度として使われるようになるまでには、さらに時間がかかりました。
国が重さを保証する
リディアの鋳造貨幣が変えたのは、金属そのものではなく「いちいち量らなくてよくなった」ことです。刻印が重さと純度を保証する。年表を少し右へ送ると、前550年ごろにアケメネス朝ペルシア、前518年ごろにダレイオス1世の統治機構整備。広い領域を一つの行政で動かす仕組みと、貨幣の普及は同じ時期に並びます。東アジアの行では、前221年の秦による中国の統一で、貨幣と度量衡が統一されました。
税の形が変わっていく
前119年、東アジアの行に塩・鉄の専売。生活に欠かせないものを国が独占して売り、収入にする方式です。お金は税の形も変えます。唐の均田制・租庸調制(624年)は物と労働で納める仕組みでしたが、780年の両税法で銭で納める形に移りました。1581年ごろの一条鞭法では、さまざまな税を銀にまとめて納める形になります。年表の東アジアの行から税の項目だけを拾って読むと、物から銭へ、銭から銀へという流れが見えてきます。
作られることと、使われること
683年ごろ、日本の行に富本銭の鋳造。708年に和同開珎の鋳造。ただし、この時期の日本で貨幣が広く流通したとは考えられていません。年表を右へ送って1200年ごろ、定期市の成立。市が定期的に立つようになり、取引の場が固定されていきます。貨幣が作られることと、使われることは別だ、という例です。
銀が地球を一周する
1545年、南北アメリカの行にポトシ銀山の開発。1571年から、南アジア・東南アジアの行にマニラのガレオン貿易。この二つをつなぐと、アメリカ大陸の銀が太平洋を渡ってアジアへ流れた経路になります。同じころ中国では一条鞭法で税が銀納になり、銀の需要が高まっていました。地球の反対側で掘られた金属が、別の大陸の税制とつながる。年表を横に読むと、こうした結びつきが見えてきます。
手元の金属から、約束へ
1434年、ヨーロッパの行にメディチ家のフィレンツェ支配。銀行業を基盤にした家です。1600年のイギリス東インド会社、1602年のオランダ東インド会社は、出資を集めて危険を分け合う仕組みを使いました。お金は、手元にある金属から、約束と記録の上で動くものへ移っていきます。
世界で一つの取り決めを作る
世界規模の行の1944年に、ブレトン・ウッズ協定。通貨の価値を金とドルに結びつける仕組みです。1971年、南北アメリカの行に金とドルの交換停止。これで通貨は金の裏づけを離れました。1995年に世界貿易機関(WTO)の発足、2008年に世界金融危機。年表の終わりのほうでは、お金の動きそのものが世界規模の行の項目になっています。
日本では米から貨幣へ
日本の行をもう一度たどってみてください。708年の和同開珎から1200年ごろの定期市まで、貨幣はゆっくりとしか広がりません。1582年からの太閤検地は、土地の生産力を米の量で測って税を取る仕組みでした。これが変わるのが1873年の地租改正です。土地の価格に対して現金で納める形になりました。米で測って米で納める仕組みから、貨幣で測って貨幣で納める仕組みへ。日本の行では、この転換に300年近くかかっています。
年表を読むときに
お金に関わる項目は「経済・交易」の分類に入っています。年表でこの分類だけを表示すると、地域によって項目の数がかなり違うことに気づくはずです。これは経済活動の大小ではなく、制度の変更が記録に残りやすいかどうかの差です。市場での日常的な取引は、どの地域でも記録に残りにくいものです。
この読み物で取り上げた出来事(25件)
年表に収録している項目です。出来事名を押すと、年表のその位置が開きます。補足・背景・帰結・出典は時代別のページに載せています。
| 年代 | 地域 | 出来事 |
|---|---|---|
| 前4500年 | 西アジア・中東 | 銅の冶金の開始 鉱石からの製錬が始まり、道具と装身具に用いられた。 |
| 前3300年 | 西アジア・中東 | 楔形文字の成立(シュメール) ウルクなどの都市で記録用の文字体系が成立。 |
| 前1000年 | 西アジア・中東 | 鉄器の普及 アナトリアから西アジア・地中海世界へ広がった。 |
| 前600年 | 西アジア・中東 | リディアの鋳造貨幣 金銀合金による最古級の刻印貨幣。 |
| 前550年〜前330年 | 西アジア・中東 | アケメネス朝ペルシア 西アジアからエジプト・インダスに及ぶ広域を統治した。 |
| 前518年 | 西アジア・中東 | ダレイオス1世の統治機構整備 州制・王の道・貨幣制度が整えられた。 |
| 前221年 | 東アジア | 秦による中国の統一 度量衡・文字・貨幣の統一が行われた。 |
| 前119年 | 東アジア | 塩・鉄の専売 遠征の財源を確保するため、政府が生産と流通を管理した。 |
| 624年 | 東アジア | 唐の均田制・租庸調制 土地の給付と税・労役を対応させる制度が整えられた。 |
| 683年 | 日本 | 富本銭の鋳造 日本で最初期の銅銭とされる。流通の範囲は限られていたとみられる。 |
| 708年 | 日本 | 和同開珎の鋳造 武蔵国から銅が献上されたのを機に鋳造された。政府は流通を促す策をとった。 |
| 780年 | 東アジア | 両税法の施行 土地の給付を前提とせず、資産に応じて夏秋2回課税する方式。 |
| 1200年〜1400年 | 日本 | 定期市の成立 寺社の門前や交通の要地で月に数回の市が開かれ、貨幣の使用が広がった。 |
| 1434年〜1494年 | ヨーロッパ | メディチ家のフィレンツェ支配 銀行業で蓄えた富が芸術と学問の後援に向けられた。 |
| 1545年 | 南北アメリカ | ポトシ銀山の開発 スペイン副王領が開発を進め、先住民の賦役労働で採掘された銀が世界的に流通した。 |
| 1571年〜1815年 | 南アジア・東南アジア | マニラのガレオン貿易 アメリカ大陸の銀とアジアの絹・陶磁器が太平洋を越えて交換された。 |
| 1581年 | 東アジア | 一条鞭法の普及 諸税と労役を銀に一本化して納める方式。 |
| 1582年〜1598年 | 日本 | 太閤検地 全国の田畑を同じ基準で測り、石高で表した。 |
| 1600年 | 南アジア・東南アジア | イギリス東インド会社の設立 アジア交易の独占権を与えられた特許会社。 |
| 1602年 | 南アジア・東南アジア | オランダ東インド会社の設立 条約締結権と軍事力を持つ会社として設立された。 |
| 1873年〜1881年 | 日本 | 地租改正 地価の3%を土地所有者が現金で納める方式に改めた。 |
| 1944年 | 世界規模 | ブレトン・ウッズ協定 ドルを基軸とする固定相場制とIMF・世界銀行の設立が決まった。 |
| 1971年 | 南北アメリカ | 金とドルの交換停止 ブレトン・ウッズ体制が終わり、変動相場制へ移行した。 |
| 1995年 | 世界規模 | 世界貿易機関(WTO)の発足 GATTを引き継ぎ、紛争処理の手続きが整えられた。 |
| 2008年 | 世界規模 | 世界金融危機 アメリカの住宅金融市場を起点に各国へ波及した。 |