2世紀の世界(101年〜200年)
記録に残る出来事の数がこの年表で最も少ない世紀です。これは出来事が少なかったことではなく、同時代の記録が限られていることを示します。中国では蔡倫が製紙法を改良し、紙が書写の材料として広まる出発点になりました。後漢の末には黄巾の乱が起こり、王朝の統制が崩れていきます。ローマ側の記録には、大秦王安敦の使者が中国に到達したことが見え、地中海と東アジアの間に間接的な通路があったことがうかがえます。アレクサンドリアではプトレマイオスが『アルマゲスト』をまとめ、天体の運動を数学的に記述する体系が以後1400年にわたり使われました。東南アジアではチャンパーと扶南が姿を現し、西アジアではローマ支配下のユダヤでバル・コクバの乱が起きています。
地域別の内訳
この世紀は年表の区間「古代」にあたります。
2世紀の主な出来事(7件/収録は7件)
ここに出しているのは主な項目です。補足・背景・帰結・出典を付けた全件の一覧は、時代別のページにあります:古代
| 年代 | 地域 | 出来事 |
|---|---|---|
| 105年 | 東アジア | 蔡倫による製紙法の改良 後漢。植物繊維を用いる製法が記録された。 |
| 132年〜135年 | 西アジア・中東 | バル・コクバの乱 ローマ帝国が反乱を鎮圧し、ユダヤ人のイェルサレム居住を制限した。 |
| 150年 | アフリカ | プトレマイオス『アルマゲスト』 地球中心の天体運行モデルを体系化した。 |
| 166年 | 東アジア | 大秦王安敦の使者の来着 『後漢書』に記された地中海世界との接触記録。 |
| 184年 | 東アジア | 黄巾の乱 後漢の統治が動揺する契機となった。 |
| 192年〜1832年 | 南アジア・東南アジア | チャンパー ベトナム中部に成立したチャム人の政体。 |
| 200年〜600年 | 南アジア・東南アジア | 扶南 メコン川下流の港市国家。オケオ遺跡が知られる。 |
世界人口の推計(百万人)
1950年以前は研究者によって推計に幅があります。
| 年 | 推計(百万人) |
|---|---|
| 200年 | 190〜256 |