オセアニア
オーストラリア大陸、ニューギニア、ニュージーランド、太平洋の島々を扱う行です。収録件数は少ないものの、受け持つ海域は地球表面の広い部分を占めます。
この行について
オーストラリア大陸、ニューギニア、ニュージーランド、そしてミクロネシア・メラネシア・ポリネシアの島々を扱う行です。オーストラリア大陸への人類の到達(約6万5000年前)から、マボ判決(1992年)までを収録しています。ほかの行に比べて件数は少なくなりますが、これは出来事が少なかったからではなく、文字による記録が19世紀以前について限られていることによります。考古学と言語学の成果に基づく項目が多く、年代には幅があります。
到達と海の拡散
サフル大陸(オーストラリアとニューギニアが陸続きだった時期の呼称)への拡散(約6万5000年前)のあと、ニューギニア高地のクックにおける初期農耕(前4500年ごろ)が置かれます。ラピタ文化の太平洋拡散(前1500年ごろ)、東ポリネシアへの拡散(900年ごろ)、イースター島のモアイ像の造営、トゥイ・トンガの海域、ナン・マドールの造営、ポリネシア人のニュージーランド到達(1250年ごろ)と続きます。外洋を計画的に渡る航海術が、長い時間をかけて島々を結んだ区間です。
ヨーロッパ人の航海
タスマンの航海(1642年)、スペインによるマリアナ諸島の統治開始(1668年)、ロヘフェーンのイースター島到達(1722年)、クックのオーストラリア東岸到達(1770年)を収録しています。到達の記録はヨーロッパ側の航海日誌によるもので、それぞれの島にすでに住んでいた人々の側の記録とは性格が異なります。
植民と条約
オーストラリアへの流刑植民の開始(1788年)、タヒチのポマレ朝、ロンドン伝道会のタヒチ布教、ハワイ王国の成立(1810年)、ワイタンギ条約(1840年)、フランスによるタヒチの保護領化、ニュージーランド戦争(1845年)、オーストラリアのゴールドラッシュ(1851年)、フランスによるニューカレドニアの併合が並びます。ワイタンギ条約は英語版とマオリ語版で文意が異なるとされ、その後の解釈が長く争われました。
労働力の移動と分割
ラパヌイからの住民の連行(1862年)、メラネシアからの労働者の徴募と連行(1863年から)、ドイツ領ニューギニアの成立(1884年)、ハワイのアメリカ合衆国への併合(1898年)、サモアの分割(1899年)を収録しています。この間に、ニュージーランドの女性参政権(1893年)が世界で早い例として置かれています。
20世紀
オーストラリア連邦の成立(1901年)、ニュージーランドの自治領化、南洋群島の委任統治(1920年)、太平洋の島嶼における戦闘(1942年から)、ビキニ環礁などでの核実験(1946年から)が並びます。サモアの独立(1962年)、オーストラリアの1967年国民投票、フィジーとトンガの独立(1970年)、太平洋諸島フォーラムの結成、パプアニューギニアの独立(1975年)、ホクレア号の航海(1976年)、ソロモン諸島・ツバル・キリバス・バヌアツの独立(1978年から)、ラロトンガ条約(1985年)、マボ判決(1992年)と続きます。
収録の内訳
収録は46件で、年表のなかで最も少ない行です。近世・近代20件と現代16件で8割近くを占め、それ以前は10件にとどまります。人類・社会14件は拡散と労働力の移動、政治・国家22件は植民・条約・独立が中心です。戦争・紛争2件、宗教・思想1件と、他の行にある分類の項目がほとんどありません。
年代の確かさ
確定33件、およそ13件で、諸説ありは0件です。およそが付くのは、島々への拡散や造営の年代など、考古学の成果に基づく項目です。個別の出典を付けた項目は9件と少なく、この行は典拠を足していく余地が残っています。
この行を読むときに
この行の19世紀以降の項目は、多くがヨーロッパやアメリカ、日本の側の行動を起点にしています。これは記録の残り方によるもので、島々の側に歴史がなかったということではありません。ホクレア号の航海(1976年)のように伝統的な航海術を再現する試みを収録しているのは、文字以外の形で受け継がれてきた知識を年表に位置づけるためです。また、この地域では第二次世界大戦の戦場と戦後の核実験場が重なり、その影響は現在の政治にも関わっています。
時代別の内訳
この行の主な出来事(12件/収録は46件)
ここに出しているのは主な項目です。補足・背景・帰結・出典を付けた全件の一覧は、時代別のページにあります:先史/古代/中世/近世・近代/現代
| 年代 | 出来事 |
|---|---|
| 前65000年 | オーストラリア大陸への人類の到達 マジェドベベ遺跡の年代測定では約6万5千年前とされるが、年代には研究者間で幅がある。 |
| 前4500年 | クックの初期農耕(ニューギニア高地) 湿地に排水路を掘り、タロイモ・バナナ・ヤムイモを栽培した。 |
| 前1500年〜前500年 | ラピタ文化の太平洋拡散 ビスマルク諸島から東へ拡散し、前1000年頃にフィジー・トンガ・サモアに達した。特徴的な文様土器を伴う。 |
| 900年〜1300年 | 東ポリネシアへの拡散 マルケサス・ソシエテ・ハワイ・ニュージーランド・イースター島へ順次到達した。到達年代には研究者間で幅がある。 |
| 1000年〜1600年 | イースター島のモアイ像の造営 凝灰岩を切り出した石像が、祭壇の上に立てられた。 |
| 1250年 | ポリネシア人のニュージーランド到達 太平洋航海による最終段階の定住。 |
| 1770年 | クックのオーストラリア東岸到達 以後、イギリスによる入植が進んだ。 |
| 1788年 | オーストラリアへの流刑植民の開始 シドニー湾に最初の船団が到着した。 |
| 1840年 | ワイタンギ条約 イギリスとマオリの首長間で結ばれた。英語版とマオリ語版で内容の解釈が異なる。 |
| 1851年 | オーストラリアのゴールドラッシュ ビクトリア・ニューサウスウェールズで金鉱が発見された。 |
| 1893年 | ニュージーランドの女性参政権 自治植民地として、女性に国政選挙の投票権が認められた。 |
| 1901年 | オーストラリア連邦の成立 6つの植民地が連邦を組織した。 |